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旭川地方裁判所 平成3年(行ウ)3号 判決

原告

山崎恵

右法定代理人親権者父

山崎義三

右法定代理人親権者母

山崎洋子

右訴訟代理人弁護士

清水一史

被告

留萌市立留萌中学校長

小川一弘

被告

留萌市教育委員会

右代表者教育委員長

平井誠治

被告

留萌市

右代表者市長

五十嵐悦郎

右被告三名指定代理人

栂村明剛

外五名

右被告留萌市教育委員会

指定代理人

菊地健

外三名

右被告留萌市指定代理人

小倉裕

外一名

主文

一  原告の被告留萌市教育委員会に対する訴えを却下する。

二  原告の被告留萌市立留萌中学校長に対する請求を棄却する。

三  被告留萌市は、原告に対し、金二〇万円及びこれに対する平成三年七月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

四  原告の被告留萌市に対するその余の請求を棄却する。

五  訴訟費用は、原告に生じた費用の九分の一と被告留萌市に生じた費用の五分の一を被告留萌市の負担とし、原告及び被告留萌市に生じたその余の費用と被告留萌市立留萌中学校長及び同留萌市教育委員会に生じた費用を原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告留萌市立留萌中学校長が、平成五年四月七日、原告に対してした原告が所属すべき学級を肢体不自由者のための特殊学級とするとの処分を取り消す。

2  被告留萌市教育委員会が、平成五年四月一日、留萌市立留萌中学校に肢体不自由者のための特殊学級を設置した処分を取り消す。

3  被告留萌市は、原告に対し、金一〇〇万円及びこれに対する平成三年七月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

4  訴訟費用は被告らの負担とする。

5  3項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  被告留萌市教育委員会の本案前の答弁

(一) 原告の被告留萌市教育委員会に対する訴えを却下する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

2  被告らの本案の答弁

(一) 原告の請求をいずれも棄却する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

(三) 請求の趣旨3項につき仮執行免脱宣言

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 原告は、昭和五四年二月七日、父山崎義三と母山崎洋子の長女として出生したが、出生時に脊髄損傷を受けたため、胸部から下の部分につき肢体不自由者となったものである。

原告は、平成三年四月一日、留萌市立留萌中学校(以下「留萌中」という。)に入学し、同月九日以降現在に至るまで、留萌中の肢体不自由者のための特殊学級(以下「特殊学級」という。)に在籍している。

(二)(1) 被告留萌市立留萌中学校長(以下「被告校長」という。)は、原告が就学している留萌中の校長であり、平成二年一一月ころから平成三年三月末日までは松浦武が、同年四月一日以降平成五年三月末日までは徳光英二がその職にあり、同年四月一日以降現在までは小川一弘がその職にある。

(2) 被告留萌市教育委員会(以下「被告市教委」という。)は、地方自治法(以下「地自法」という。)一八〇条の八、地方教育行政の組織及び運営に関する法律(以下「地教行法」という。)二三条、公立義務教育諸学校の学級編制及び教職員定数の標準に関する法律(以下「標準法」という。)四条等の規定により、学校管理者として本件特殊学級を設置したものである。

(3) 被告留萌市(以下「被告市」という。)は、学校教育法二九条、四〇条等の規定により留萌中を設置し、また、地自法一八〇条の五、地教行法二条等の規定により被告市教委を設置したものであり、被告市教委若しくはその職員又は被告校長が職務執行に当たり故意又は過失に基づく違法な公権力の行使により私人に損害を与えた場合にその責任を負うべき立場にある。

2  本件各処分の存在

(一) 被告市教委の処分

(1) 被告市教委は、平成三年三月一日、北海道教育委員会(以下「道教委」という。)に対し、留萌中への特殊学級設置の認可申請を行い、道教委が、同月一五日、右申請を認可したことにより、被告市教委は、原告に対し、平成三年三月一五日をもって、留萌中に特殊学級を設置するとの処分をした。

(2) 被告市教委は、更に、原告に対し、平成四年三月ないし四月ころ及び平成五年四月一日の二度にわたり、右と同様の手続により、留萌中に特殊学級を設置するとの処分をした。

(二) 被告校長の処分

(1) 被告校長は、原告に対し、平成三年四月九日、留萌中に設置された特殊学級に原告を所属させるとの処分(以下、生徒が特定の学級に所属することを「入級する」と、生徒を特定の学級に所属させることを「入級させる」と、生徒を特定の学級に所属させるとの処分を「入級処分」という。)をした。

(2) 被告校長は、更に、原告に対し、平成四年四月ころ及び平成五年四月七日の二度にわたり、同様に、留萌中に設置された特殊学級への入級処分をした。

3  平成三年にされた右各処分に至る経緯

(一) 原告は、昭和六〇年四月、留萌市立東光小学校に入学し、一年生の間は、家族の付添いを条件に、学校教育法(以下「学教法」という。)七五条所定の特殊学級ではないところの、いわゆる普通学級(以下「普通学級」という。)で学習したが、二年生ないし五年生の間は、旭川養護学校による訪問教育を受け、六年生の五月ころからは、前記小学校に設置された特殊学級において学習するようになった。

(二) 原告の両親は、原告の中学校入学に際し、原告自身の希望を受け、また、両親自らの希望により、平成二年一〇月二二日、被告市教委に対し、また、同年一一月一六日、留萌地方就学指導委員会により開催された就学指導相談の際に担当者に対し、いずれも、中学校においては原告を普通学級で学習させたい旨申し入れた。

(三) 同年一二月二〇日、原告の両親と被告市教委との間で話し合いが行われたが、その際、被告市教委は、原告の両親からの前記申し入れに対し、留萌中の教職員等の理解を得た上で、中学校においても特殊学級を設置し、原告を特殊学級で学習させることが望ましい旨回答した。

(四) 平成三年二月二一日、原告の両親は、被告市教委との間で話合いを行ったが、その際、被告市教委から出席した小倉裕学校教育課長(以下「小倉課長」という。)及び津田亀男学務係長(以下「津田係長」という。)は、原告を特殊学級に所属させた上、普通学級との交流をするという形態が望ましい旨回答する一方、被告市教委が、両親の同意なしに、道教委に対する特殊学級設置の認可申請はしない旨明言した。

(五) 原告の両親及びその支援者らは、同年三月四日ころ、被告校長との間で話合いを行ったが、その際、被告校長は、留萌中の現状では、原告を特殊学級に所属させた上で普通学級と交流する形態しかできない旨回答する一方、責任の取れる者が原告の介助に付けば原告を普通学級に入級させることも可能であり、また、原告の所属学級を決定する権限は被告市教委にある旨発言した。

(六) 同月六日、原告の両親は、被告市教委との間で話合いを行ったが、その際、被告市教委から出席した大川寿幸教育次長(以下「大川次長」という。)は、原告は特殊学級に所属することが望ましいとの見解を述べながらも、最終的な結論は留保する一方、原告の所属学級を決定する権限は被告市教委にある旨、また、原告の両親の意向を無視して留萌中への特殊学級設置の認可申請はしない旨発言した。

(七) 同月二二日、原告の両親及びその支援者と、被告市教委との間で話合いが行われ、その際、大川次長は、従前のとおり、原告を特殊学級に入級させ、普通学級と交流する形態が妥当である旨発言するとともに、重ねて、原告の両親の同意なしに特殊学級設置の認可申請はしない旨確約し、かつ、原告の所属学級を決定する権限は被告市教委にあると述べた。

(八) なお、これより先の平成三年三月一日、被告市教委は、道教委に対し、留萌中への特殊学級設置の認可申請を行い、同月一五日、道教委はこれを認可し、そのころ、被告市教委は認可書の交付を受けた。

(九) 同月二八日に行われた原告の両親及びその支援者らと被告市教委との間の話し合いにおいても、大川次長は、従前同様、両親の同意なしに特殊学級の設置認可申請はしない旨確約した。

(一〇) 同年四月九日、留萌中の入学式が行われたが、原告らは同中学校に特殊学級が設けられていることに不審を抱き、同日、原告の父親が大川次長に対し電話で問い合わせたところ、同人は、「正式に特殊学級設置の認可申請はしていない。」旨回答し、また、同月一二日、原告の支援団体の代表者毛利健三が、大川次長に対し問い合わせたところ、同人は、被告市教委が同月一〇日付で道教委に対し、特殊学級設置の認可申請を行った旨回答した。

(一一) その後、同年四月二六日に行われた原告の両親らと被告市教委との間の話し合いにおいて、大川次長は、初めて前記(八)記載の認可申請の事実及び認可の事実を告知するに至った。

4  平成四年及び平成五年にされた前記各処分に至る経緯

その後、原告及びその両親は、被告市教委及び被告校長に対し、本件訴訟上及び訴訟外において、原告が留萌中の普通学級に所属して学習したい旨の意思を表明し続けたにもかかわらず、被告市教委は、前記2、(一)(2)記載のとおり、留萌中に特殊学級を設置する処分をし、また、被告校長は、前記2、(二)(2)記載のとおり、原告に対し、特殊学級への入級処分をした。

5  被告市教委及び被告校長による本件各処分の違法性

(一) 本件各処分が原告及びその両親の選択権を侵害するものであることについて(平成三年及び平成四年の各処分は原告の被告市に対する国家賠償請求にかかわるものであり、平成五年の各処分は原告の被告市教委及び被告校長に対する処分取消請求並びに被告市に対する国家賠償請求にかかわるものである。)

原告は、以下の理由により、留萌中において、自らが普通学級に所属するか、特殊学級に所属するかについての選択権を有しており、また、原告の両親においても、以下の理由により、原告の右選択権の行使を補完するために、同様の選択権を有しているところ、原告及びその両親は、原告が留萌中の普通学級に所属することを選択し、原告の両親において、原告を代理して、かつ、自らの権利行使として、前記のとおり、被告市教委及び同校長に対し、その旨の意思表示をしていたにもかかわらず、これを無視して一方的に、被告市教委において、原告に対し、留萌中への特殊学級設置処分を行い、また、被告校長において、原告に対し、特殊学級への入級処分を行い、もって、原告及びその両親の右選択権を侵害したものであるから、その違法性は明らかである。

(1) 憲法二六条による原告及びその両親に対する選択権の保障

ア 子どもに対する選択権の保障

憲法二六条一項が保障する教育を受ける権利は、全ての国民、とりわけ子どもに対し、生まれながらにして、教育を受け学習することにより、人間的に成長発展する権利、すなわち学習権を保障したものと解すべきであり、また、同条二項は、親がその保護する子女に対し普通教育を受けさせる義務を負うと定めるが、これは、その反面として、憲法が、全ての子どもに対し、普通教育を受ける権利を保障したことを意味する。憲法二六条の規定を受け、教育基本法(以下「教基法」という。)一条は、教育の目的につき、「教育は、人格の完成をめざし、平和的な国家及び社会の形成者として、真理と正義を愛し、個人の価値観をたつとび、勤労と責任を重んじ、自主的精神に充ちた心身ともに健康な国民の育成を期して行われなければならない。」と定めるが、この精神の充足を目指し、特殊な内容の教育を排する教育、すなわち、全ての人間にとって日常の生活を営む上で共通的に必要とされる一般的・基礎的な知識・技能を施し、人間として調和のとれた育成を目指すための教育が普通教育であり、それを九年間にわたって保障するというのが憲法及び教基法の精神である。

ところで、人間は、他者との交流の中で生活しているのであるから、子どもも他者との交流の中で成長してこそ完全な人格を形成していくことが可能となり、その意味で、子どもが普通教育を受けるに当たっては、子どもに対し、人間の成長にとって不可欠な共同性の保障が必要であり、したがって、他者と十分に交流し得る状況の存在することが、普通教育においては不可欠である。学教法一八条一号が、「学校内外の社会生活の経験に基づき、人間相互の関係について、正しい理解と協同、自主及び自律の精神を養うこと」を小学校の教育目標とし、同法三六条一号が「小学校における教育の目標をなお充分に達成」することを中学校の教育目標としているのは、以上の理を表すものである。

このような普通教育は、普通学級において生活することによってこそ十分に達成され得るのであり、子どもが憲法二六条によって普通教育を受ける権利を有するということは、とりもなおさず普通学級で教育を受ける権利を有することを意味する。これに反し、心身障害を有する子どもを普通学級とは分離された特殊学級に所属させるならば、不当な疎外の状況にさらされ、たとえ一定の教科について普通学級との交流が認められても、普通学級に所属する子どもの集団とは十分になじむことはできず、子どもに所属集団が本来別のものであるような印象を与え、屈折した心理のもとに子どもを置くことになって、前記学教法一八条一号、三六条一号各所定の中学校の目標を達成できず、ひいては憲法二六条が保障する教育を受ける権利を侵害する結果となる。

もっとも、特殊学級の存在自体が、直ちに憲法二六条に違反した違憲の存在であるとは一義的にいい難く、特殊学級における教育を希望する子どもに対しては、そこで教育を受けることが保障されるべきことも明らかであるから、結局、前述した憲法二六条が子どもに対し、普通学級において教育を受ける権利を保障している意義に徴するならば、同条の規定は、心身障害を有する子どもに対し、普通学級に所属するか、特殊学級に所属するかの選択権を保障しているものと解すべきである。

イ 親に対する選択権の保障

憲法二六条は、子どもの親に対し、自己の子女に施す教育について、公権力から干渉されない自由を保障しているところ、この自由の内容として、親は、子どもに対して施す教育内容を決定する権利及び公権力や学校に対し子どもに前記教基法一条所定の目的達成を目指す教育を施すよう要求する権利を有する。このような親の自由・権利は、子どもの権利を制約したり、その尊厳を侵すような場合を除き、公権力の介入を許さないもので、最低限子どもに与える教育の目的を設定し、その教育目的に沿った具体的内容を選択、実行する権利を含み、更にこの権利の内容として、親は、学校において、心身障害を有する子どもを普通学級と特殊学級とのいずれに所属させるかを選択する権利を有する。いずれを選択するかは、子供の成長にとって重大な影響があり、実質的にも子供の教育を受ける権利を第一義的に充足させるべき責務を負い、かつ、子供の最善の利益を決し得る親その任務をよく果たし得るのである。

(2) 憲法一三条後段による選択権の保障

ア 子どもの選択権の保障

憲法一三条後段が保障する幸福追求権は、人間が人格的自律の存在として自己を主張し、そのような存在であり続ける上で必要不可欠な権利、自由を包摂する包括的権利であるが、具体的内容を持った法的権利であって、憲法に個別に列挙された権利と同等の内容を持ち、かかる幸福追求権の内容として、国民には、一定の個人的事柄について公権力から干渉されることなく自ら決定する権利、いわゆる自己決定権が認められる。この自己決定権は、その性質上当然に、国民がその選ぶところに従って適切な教育を受ける権利をその内容中に包含し、教育を受ける権利の主体である国民、なかんずく子どもをして、自己の望むところにより学校や学級を選択することを可能ならしめるものであるから、心身障害を有する子どもにおいても、普通学級を選択する権利を有するというべきである。けだし、前記(1)アにおいて詳述したとおり、子どもの学校での所属学級のあり方は、子供の成長に大きな影響を及ぼす重要な事柄であるのみならず、子どもにとって、普通学級と特殊学級とのどちらに所属するかは、自己がどのような環境で成長するかにかかわる重要な問題であるから、自己決定権の保障が及ぶべき事項であるのは当然といえる。

また、心身障害を有する子どもの教育目標の一つは子ども自身の自立の獲得にあるが、それはまず子ども自身に選択の自由を認めることから始まるのであり、その選択を妨げて他律的な状態の中で自立することを求めることは背理である。

イ 親に対する選択権の保障

また、憲法一三条により保障される自己決定権は、子どもを養育する親に対し、その子どもの教育を受ける権利を充足させるためであることを前提に、その子どもをどのように教育するかの自由を保障しているというべきである。

(3) 学教法による選択権の保障

ア 親に対する選択権の保障

学教法三九条は、子どもの保護者に対し、中学校又は盲学校、聾学校若しくは養護学校(以下「養護学校等」という。)の中等部のいずれかの学校に就学させる義務を課すのみであり、この規定又は学教法のその他の規定によっても、何者かが子どもの保護者に対し、いずれかの学校に就学させるよう強制し得ると解することはできない。他方、心身障害を有する子どもを中学校から排除し、その保護者に対し、その子どもを養護学校等へ就学させる義務を負わせる規定もなく、そのように解することもできない。

したがって、学教法上、前記の諸学校の中で、いずれの学校を選択するかの自由が、子どもの両親に与えられているといわざるを得ない。前述したとおり、憲法二六条が保障する親の教育の自由は、親が子に与える教育の内容を決定する権利であり、親は子に与える教育の内容を公権力によって強制されない自由をその内容とするが、その趣旨はこれらの学教法の条項にも反映されているとみることができる。

そして、学教法七五条に基づく特殊学級においても、同条は心身障害を有する子どもの保護者に対し、その子どもを特殊学級に就学させるべき義務を負わせていないのであるから、憲法二六条の右趣旨は学教法七五条にも反映されているとみることができ、したがって、中学校に入学した子どもについて、普通学級と特殊学級のいずれを選択するかは親に与えられた自由である。

イ 子どもの選択権

学教法上、子供に対し、特定の学校に就学すべき義務や特定の学級に所属すべき義務を課した規定は存在しないから、子どもに対し、何者かが特定の学校への就学や特定の学級への入級を強制することができると解することはできない。したがって、子どもにもその就学すべき学校や所属すべき学級を選択する自由ないし権利があると解すべきである。

ウ なお、学教法七一条、七一条の二、同法施行令二二条の二は、子どもや親が右選択権を行使する上での選択肢として、養護学校等の設置を定め、同施行令二二条の二は右各学校に就学すべき子どもの状態を一つの例として示したものに過ぎず、また、同施行令五条、一四条等は、親及び子どもの同意がある場合の就学手続を定めたものと解すべきである。

これと同様に、学教法七五条も、子どもに対し特殊学級への入級を義務づけるものではなく、子どもや親が選択権を行使する上で、選択肢の一つとしての特殊学級の設置を定めたに過ぎない。

以上、要するにこれらの規定の存在は、学教法が親と子どもに右選択権の行使を認めていることとなんら抵触しないというべきである。

(4) 国際的見地からの選択権の保障

ア 子どもの選択権の保障

近時国連で採択されたいわゆる子どもの権利条約は、我が国が草案作成段階から加わり署名しているものであって、その一二条一項では、子どもの意見表明権を保障している。したがって、原告の主張する自己決定権は、国際的にも確立されたものというべきである。また、二三条一項では、心身障害を有する子どもが、地域において、他の子どもたちと分け隔てなく成長する権利を有することが定められている。他方、各締約国は、「子どもにかかわるすべての活動において、…子どもの最善の利益が第一次的に考慮される。」(三条一項)よう配慮しなければならず、子どもの教育は、「子どもの人格、才能ならびに精神的および身体的能力を最大限可能なまで発達させること」(二九条一項(a))を目的として行わなければならないと規定している。ここでいう「最善の利益」の判断に当たっては、前記一二条に照らし、第一次的に子どもの見解が重視されなければならず、子ども自身が「最善の利益」を決定し得ると解すべきである。また、右二九条一項(a)の規定は、心身障害を有する子どもとの関係では、子どもが十分に社会の中で個人としての生活を送れるようにすべきであり(前文八段)、障害によるいかなる種類の差別も禁じられること(二条一項)や、前記二三条一項の規定と合わせて解釈すれば、心身障害を有する子どもが、障害の有無によって差別されることなく、他の子どもたちと共に成長する権利を有し、そのような状態の中で教育を受ける権利を有するものであると解釈することができる。心身障害を有する子どもとそうでない子どもとを区別し、前者のみで構成される学級をつくれば、仮に後者との交流という形態を採っても、子どもは疎外感と歪んだ人格形成を強いられ、前記各規定の趣旨は没却される。

したがって、これらの規定からすれば、原告に選択権が保障されていることは国際的見地からみても明らかである。

イ 親の選択権の保障

児童の権利宣言七条は、「児童の教育及び指導について責任を有する者は、児童の最善の利益をその指導の原則としなければならない。その責任はまず第一に児童の両親にある。」と定め、また、世界人権宣言二条三項は、「親は子に与える教育の種類を選択する優先的権利を有する。」と定めているが、これらはいずれも国内的効力を有する。

更に子どもの権利条約は、「締約国は、親…が、この条約において認められる権利を子どもが行使するにあたって、子どもの能力の発達と一致する方法で適当な指示および指導を行う責任、権利および義務を尊重する。」(五条)、「締約国は、親双方が子どもの養育および発達に対する共通の責任を有するという原則の承認を確保するために最善の努力を払う。親…は、子供の養育及び発達に対する第一次的責任を有する。子供の最善の利益が、親…の基本的関心となる。」(一八条一項)、「締約国は、障害児の特別なケアへの権利を認め、利用可能な手段の下で、援助を受ける資格のある子どもおよびその養育に責任を負う者に対して、申請に基づく援助であって、子どもの条件および親…の状況に適した援助の拡充を奨励しかつ確保する。」(二三条二項)、「障害児の特別なニーズを認め、前項に従い拡充された援助は、親…の財源を考慮しつつ、可能な場合にはいつでも無償で与えられる。その援助は、障害児が、可能なかぎり全面的な社会的統合ならびに文化的および精神的発達を含む個人の発達を達成することに貢献する方法で、教育、訓練、保健サービス、リハビリテーションサービス、雇用準備およびレクリエーションの機会に効果的にアクセスしかつそれらを享受することを確保することを目的とする。」(同条三項)などと定めている。

これらの規定からは、親こそが子供の養育と発達に対する第一次的責任と権利を有するのであり、国その他公的機関は、親の権利を保障するために援助すべき努力をする義務を負うが、親の意向を無視して何らかの強制力を働かせる権限はないというのが、世界的潮流である。

(二) 本件各処分が憲法一四条違反であることについて(平成三年及び平成四年の各処分は原告の被告市に対する国家賠償請求にかかわるものであり、平成五年の各処分は原告の被告市教委及び被告校長に対する処分取消請求並びに被告市に対する国家賠償請求にかかわるものである。)

特殊学級や養護学校等においては、心身障害を有する子どものみを集めて教育を行っているが、このような心身障害を持つ子どもにこうした環境での生活を強いることは、心身障害を有する子どものみに対し、心身障害を有する子ども同士のみの関係を強いることを意味するものであるところ、このように心身障害を有する子どもだけを隔離、分離した上、特定の偏った人間関係を強制することは、他人との共同性を養うべき教育過程を歪め、子どもの教育から、他人の痛みを共有し、あるいは人間として共存、共感する関係を培う機会を、一方的に奪い取るものである。すなわち、人間にとって重要な人間相互の関係について、正しい理解、共同、自主、自律の精神を養う場を剥奪するものである。

したがって、心身障害者である故にかかる関係を強制することは、憲法一四条に違反するから、本件各処分はいずれも同条に違反し違法というべきである。

(三) 被告市教委による本件各処分が、被告市教委と原告の両親との間の合意に違反し、ないしは信義則に違反し、被告校長の本件各処分が右違法性を承継していることについて

(1) 被告市教委による平成三年の特殊学級設置処分の合意違反ないし信義則違反による違法性(原告の被告市教委に対する処分取消請求の前提問題及び原告の被告市に対する国家賠償請求にかかわるものである。)

ア 前記3記載のとおり、被告市教委と原告の両親との交渉の中で、原告の両親が被告市教委側に対し、その同意なしに留萌中への特殊学級設置の認可申請をしないよう求めたのに対し、平成三年二月二一日に小倉課長及び津田係長が原告の両親の同意なしに認可申請することはない旨明言したのを始めとして、以後大川次長が再三にわたり同趣旨の発言を繰り返していた。右職員らの各発言は、それぞれの時点での被告市教委の意思を表明していたのであるから、平成三年二月二一日以降、原告の両親と被告市教委との間で、被告市教委は原告の両親の同意が得られるまでは道教委に対し留萌中への特殊学級設置の認可申請をしない旨の合意が成立した。

被告市教委は、特殊学級の設置権限を有するのであるから、このような合意をする権限を有しており、原告の両親と被告市教委がした右合意は被告市教委を拘束する。

イ にもかかわらず、被告市教委は、右合意に反し、平成三年三月一日、道教委に対し、留萌中への特殊学級設置の認可申請を行い、同月一五日に道教委による認可を受けた。

のみならず、被告市教委は、原告の両親に対し、右認可申請及び認可の事実を秘匿し続け、更に、大川次長は、同年四月九日、原告の父親に対し、未だ認可申請はしていないなどと、同月一二日には、原告の支援者の一人に対し、同月一〇日に認可申請したと虚偽の事実を述べ、同月二六日に至り、大川次長は、ようやく同年三月一日付で認可申請し、同月一五日付で認可を受けた事実を述べるなど、信義に反した言動をした。

したがって、被告市教委による平成三年の特殊学級設置処分は、右合意に違反し、又は、信義則に違反するから違法というべきである。

(2) 被告校長による平成三年の入級処分の違法性(原告の被告校長に対する処分取消請求の前提問題及び被告市に対する国家賠償請求にかかわるものである。)

被告校長による平成三年の入級処分は、前記被告市教委の違法な特殊学級設置処分を前提としてなされたもので、その違法性を承継しているから違法である。

(3) 平成四年及び平成五年の被告市教委による特殊学級設置処分及び被告校長の入級処分の違法性の承継(平成四年の各処分は原告の被告市教委及び被告校長の処分取消請求の前提問題並びに被告市に対する国家賠償請求にかかわるものであり、平成五年の各処分は、原告の被告市教委及び被告校長に対する処分取消請求並びに被告市に対する国家賠償請求にかかわるものである。)

ア 平成四年及び平成五年の被告市教委の各特殊学級設置処分は、前記(1)記載の平成三年の処分の違法性を承継しているから違法である。

イ 平成四年及び平成五年の被告校長の各入級処分は、前記(2)記載の平成三年の処分の違法性を承継しているから違法である。

(四) 本件各処分が機能回復の見込みのない原告を特殊学級に入級させたことによる違法について(平成三年及び平成四年の各処分は原告の被告市に対する国家賠償請求にかかわるものであり、平成五年の各処分は、原告の被告市教委及び被告校長に対する処分取消請求並びに被告市に対する国家賠償請求にかかわるものである。)

学教法施行規則七八条の八は、「養護学校の中学部の教育課程は、必修科目、選択教科、道徳、特別活動及び養護・訓練によって編成するものとする。」と定めていることから、現行法令上、養護学校においては、養護・訓練によって機能の回復、改善が期待されており、その趣旨は特殊学級においても同一と解すべきである。また、「教育上特別な取扱いを要する児童・生徒の教育措置について(通達)」昭和五三年一〇月六日文初特第三〇九号文部省初等中等教育局長通達(〈書証番号略〉)(以下「本件通達」という。)の第一4(2)においては、養護学校又は特殊学級で教育すべきとされる肢体不自由者の心身の故障の判断に当たっては、「専門医の精密な診断結果に基づき、体幹、上肢及び下肢の個々の機能障害、これらの総合的な機能障害及びそれらの機能障害を改善し、又は機能を回復するに要する期間などを考慮」して行うことと定められており、肢体不自由者に対する養護学校あるいは特殊学級における教育は、法令及び運用上、機能障害の改善又は機能の回復の可能性が前提となっていると解される。

ところが、原告は既に症状が固定しており、機能訓練の回復効果がないことが明らかであるから、養護・訓練の必要はなく、このような子どもに対する特殊学級における教育は、予定されていない。

したがって、被告市教委及び同校長による本件各処分は、右規則及び本件通達に違反し、違法である。

(五) 以上のとおり、被告市教委及び被告校長が行った本件各処分にはいずれも前記(一)ないし(四)記載の違法事由があり、それ故、平成五年の被告市教委による特殊学級設置処分及び平成五年の被告校長による特殊学級への入級処分は、いずれも取り消されるべきである。

6  交渉過程における被告市教委の職員らによる虚偽の発言等とその違法性

(一) 仮に、前記5、(三)(1)記載の合意成立の事実ないし信義則違反の主張が認められず、被告市教委職員である小倉課長、津田係長が、平成三年二月二一日、原告の両親に対し、原告の両親の同意なしには道教委に対し特殊学級設置認可申請をしない旨の発言をしたことが、被告市教委の意思を表明するものではなかったとすると、被告市教委の職員である同人らは、原告の親に対し、虚偽の事実を述べたことになり、その違法性は明らかである。

(二) また、前記5、(三)(1)記載の合意成立の事実ないし信義則違反の主張が認められると否とにかかわらず、大川次長は、真実は、被告市教委において、道教委に対し、平成三年三月一日に特殊学級設置の認可申請を行い、同月一五日付で認可されていたにもかかわらず、前記3記載のとおり、同月六日、二二日、二八日の話し合いの際に、右設置認可申請の事実及び認可を受けた事実を隠し続けたばかりか、原告の両親の同意なしに特殊学級設置の認可申請はしない旨虚偽の事実を述べ続け、また、同年四月九日には、原告の父親に対し、未だ特殊学級設置の認可申請はしていない旨、更に、同年四月一二日には、原告の支援者に対し、同年四月一〇日付で認可申請をした旨虚偽の事実を述べた。よって、その違法性は明らかである。

7  被告市の責任原因

(一) 公務員による公権力の行使への該当性

(1) 平成三年ないし五年の被告市教委及び被告校長の各処分が、公権力の行使であることは明らかである。

(2) 被告市教委の公権力の行使

仮に、本件各処分のうち、被告市教委による特殊学級設置にいわゆる処分性が認められないとしても、いずれも公権力の行使には該当する。

(3) 被告市教委の職員である小倉課長、津田係長、大川次長による公権力の行使

前記6記載の被告市教委側と原告の両親との交渉過程における被告市教委の職員小倉課長、津田係長及び大川次長による発言や、原告の父親らの問い合わせに対する大川次長の回答は、いずれも公権力の行使に該当する。

(二) 過失

(1) 前記(一)(1)記載の行為について

被告市教委及び被告校長は、いずれも違法な処分を行うことにより、国民の権利を侵害してはならない注意義務があるのにこれを怠った。

(2) 前記(一)(2)記載の行為について

被告市教委は、道教委に対して、特殊学級設置の認可申請を行うに際し、原告の両親との間で成立した合意を遵守して行動し、又は、原告らの両親との交渉過程における発言を踏まえ、誠実に行動すべき注意義務があるのにこれを怠った。

(3) 前記(一)(3)記載の行為について

被告市教委の職員は、原告の法定代理人である原告の両親に対し、話し合いに当たっては虚偽を述べず誠実に対応すべき、また、被告市教委において特殊学級設置の認可申請を行った場合には直ちに原告の両親に対し、その旨を開示すべき条理上ないしは信義則上の注意義務があるのにこれを怠った。

なお、大川次長は、原告の支援者に対し発言するに際し、その発言内容が原告又は原告の両親に伝達されることを予見することができた。

(三) よって、被告市は、国家賠償法一条により、原告が被った後記8記載の損害を賠償すべき責任がある。

8  原告の被った損害

(一) 原告は、以上に記載した被告市教委による違法な特殊学級設置処分又は特殊学級設置及び被告校長による違法な入級処分により、普通学級に所属する権利を侵害され、多大の精神的損害を被った。

(二) 仮にそうでないとしても、原告は、被告市教委の職員の違法な言動により、原告の両親の同意なしには、被告市教委が道教委に対し特殊学級設置の認可申請をしないとの信頼を裏切られ、多大の精神的損害を被った。

原告の精神的苦痛に対する慰謝料は金一〇〇万円を下らない。

9  よって、原告は、被告市教委に対し、請求の趣旨記載の特殊学級設置処分の取消しを、被告校長に対し、請求の趣旨記載の入級処分の取消しをそれぞれ求めるとともに、被告市に対し、国家賠償法一条に基づき、慰謝料として金一〇〇万円及び公務員による前記各違法行為がなされた日以後であり、かつ、本件訴状送達の翌日である平成三年七月一六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  被告市教委の本案前の主張

取消訴訟の対象は、行政庁の処分であることを要するところ(行政事件訴訟法三条二項)、処分とは、行政庁の行う行為の全てを意味するのではなく、公権力の主体たる国又は地方公共団体が行う行為のうち、その行為により国民の権利義務に直接影響を及ぼすような行為をいう。

本件において、被告市教委が行った特殊学級の設置は、学教法七五条一項の規定に基づき行われる行政庁の内部的行為に過ぎず、設置によって直ちに児童生徒の権利義務が生じるわけではない。

すなわち、具体的に、個々の児童生徒をどの学級に所属させるかは、後に詳述するとおり、各学校の校長が、学教法が定めた権限に基づき、諸般の事情を考慮した上での総合的な裁量的判断によって決定するのであり、校長のこの決定により、はじめて個々の児童生徒が特定の学級に所属すべき義務が生ずることになる。被告市教委による特殊学級の設置は、被告校長が、原告を特殊学級に所属させるとの決定を可能にする前提をなすものとして、教育環境を改善整備するために行われるに過ぎない。

したがって、被告市教委が平成三年ないし平成五年に行った留萌中に特殊学級を設置する旨の各措置は、いずれも処分性を有しない。

三  被告市教委の本案前の主張に対する原告の反論

請求原因3に記載した原告の両親らと被告市教委らとの交渉経過でも明らかなとおり、原告及びその両親、被告市教委、被告校長のいずれもが、平成三年四月九日ころまでは、留萌中への特殊学級の設置と原告の特殊学級への入級とを一体のものと考えて行動していた。現に、被告校長も被告市教委の大川次長も、原告を特殊学級に入級させるか否かの決定権限は被告市教委にあると明言していた。更に、留萌中への特殊学級の設置は、原告一人を対象とするものであった。

これらの事情からすれば、留萌中への特殊学級の設置が、原告のみを念頭においた原告に対する処分であることは明らかである。

四  請求原因に対する被告らの答弁

1  請求原因1の各事実は全て認める。

2(一)  同2、(一)の各事実のうち、被告市教委による特殊学級の設置が処分性を有するとの点は争うが、その余の事実は認める。被告市教委による右措置が処分性を有しないことは、前記二において主張したとおりである。

(二)  同2、(二)の各事実は全て認める。

3(一)  同3、(一)の事実は認める。

(二)  同3、(二)の事実は認める。

(三)  同3、(三)の事実は認める。

(四)  同3、(四)の事実のうち、小倉課長及び津田係長が、被告市教委は両親の同意なしに道教委に対する特殊学級設置の認可申請をしない旨明言したとの点は否認し、その余の事実は認める。

原告が主張するような重要な約束を、課長又は係長程度の地位にある者がするはずはない。

(五)  同3、(五)の事実のうち、被告校長が、責任の取れる者が原告の介助につけば原告を普通学級に所属させることも可能である旨発言したとの点は否認し、その余の事実は認める。

(六)  同3、(六)の事実のうち、大川次長が、原告の所属すべき学級について最終的な結論を留保したとの点及び両親の意向を無視して留萌中への特殊学級設置の認可申請をしない旨発言したとの点は否認し、その余の事実は認める。

(七)  同3、(七)の事実のうち、大川次長が、両親の同意なしに特殊学級設置の認可申請をしない旨確約したとの点は否認し、その余の事実は認める。

なお、平成三年三月二二日の話し合いの際、大川次長が、特殊学級の設置に当たっては、原告の両親と十分に話し合い、了知願って設置を決定したいと述べたことはある。

(八)  同3、(八)の事実は認める。ただし、被告市教委が、認可書の交付を受けたのは平成三年三月二二日である。

(九)  同3、(九)の事実について、平成三年三月二八日の話し合いの際に、大川次長が原告が主張するような趣旨の発言をしたことは認める。

しかしながら、大川次長は、原告は特殊学級に所属することが望ましい旨の被告市教委の見解を述べる一方、話し合いの場に列席していた支援団体から「特殊学級を一方的に押しつけるのか。」との発言があったことから、同年四月上旬に行われる留萌中の入学式までに原告及びその両親の特殊学級に対する理解を得るため、「一方的に押しつけるのではなく、話し合いによる。」と述べたに過ぎず、これが原告主張の趣旨に解釈されたに過ぎない。

(一〇)  同3、(一〇)の事実は認める。

(一一)  同3、(一一)の事実は認める。

4  同4の事実は認める。

5(一)(1) 同5、(一)の冒頭部分の主張は争う。

(2) 同5、(一)(1)アの主張は争う。

憲法二六条は、国が積極的に教育に関する諸施設を設けるべき責務を負うこととともに、子どもに対する基礎的教育である普通教育の絶対的必要性に鑑み、親に対し、その子女に普通教育を受けさせる義務を課すことを宣言しているが、この規定の背後には、国民各自が学習をする固有の権利を有すること、特に、自ら学習することができない子どもが、その学習欲求を充足するための教育を自己に施すことを大人一般に対して要求する権利を有するとの観念が存在している。そうすると、憲法二六条二項から、子どもが普通教育を受ける権利を有するとの解釈も可能であるが、普通教育を受ける権利が、普通学級で学ぶ権利を包摂する旨の主張は、原告独自の解釈である。

すなわち、憲法二六条二項でいう普通教育につき、憲法はその内容を具体的には規定せず、具体的内容の決定は法律に委ねているところ、学教法が小・中・高等学校の目的として、それぞれ「初等普通教育」、「中等普通教育」、「高等普通教育及び専門教育」を掲げ(同法一七条、三五条、四一条)、大学においても「広く知識を授ける」ことをも目的として掲げていることに照らせば、普通教育とは、職業教育及び専門教育に対置される概念で、教基法前文及び一条所定の教育の目的にかなった個人としての人格完成のため、また、主権者としての知的成長を遂げさせるため、全ての国民にとり共通に必要とされる一般的・基礎的教育を意味すると解すべきである。このように、憲法の規定する普通教育は、教育の内容について一定の制約を加えたものであり、学級の編成をどのようにするかまでを憲法が規定しているものとはいえず、いわゆる普通学級で学ぶ権利を当然に含むものではない。

普通教育の具体的実施方法については、憲法は法律に委ねているが、特殊学級の設置、特殊学級への入級処分についての現行法制度は後記五記載のとおりである。ここから明らかなように、特殊学級における教育も、憲法上の普通教育の一環として位置づけられている。

また、憲法二六条でいう「その能力に応じて、ひとしく」とは、全ての国民にその個人差と生活の必要に応ずる教育を与えるということを意味し、各人の発達の固有性及びその意思と責任にかかわること以外の要因によって差別があってはならないことを意味するものとして理解すべきである。そうすると、通常の学校教育の指導方法や就学形態には適応できない様々な心身障害を持つ者に対し、養護学校において教育したり、小・中・高等学校に設置された特殊学級において教育する(学教法第六章、以下、同法の用語例に従い「特殊教育」という。)ことは、憲法が規定する普通教育を、その能力に応じて、ひとしくその機会を確保するために必要な制度であって、憲法二六条に反するものということはできない。普通学級で学ぶことのみが普通教育である旨の原告の主張は、憲法に規定する普通教育の解釈を誤った上、その論理に飛躍がある。

また、原告は、教基法一条の規定の精神を充足するものが普通教育であり、人格の十全な発達を目指し、特殊な内容の教育を排して、それを九年間にわたって保障するのが憲法及び教基法の精神というべく、普通教育は、普通学級において生活することによってこそ十分に達成される旨主張するが、同条が規定する教育の目的は、特殊教育においても何ら変わるところはない。むしろ、特殊教育は、心身障害児の中には、いわゆる健常児と同様な教育的取扱いでは障害に応じた適切な配慮に欠け、個々の心身障害児の能力を最大限に伸ばすことが困難な場合が多いことから、特に教育上の配慮を加え、適切な教育的取扱いを行う必要にこたえるために用意されているのであり、憲法及び教基法に示された人間尊重教育の理想を具現するものである。

したがって、原告の主張は失当である。

(3) 同5、(一)(1)イの主張は争う。

親は、子どもに対する自然的関係により、子どもの将来に対して最も深い関心を持ち、かつ、配慮すべき立場にある者として、子どもの教育に対する一定の支配権、すなわち教育の自由を有しているが、このような親の教育の自由は、主として家庭教育等学校外における教育や学校選択の自由にあらわれ、右自由や一定範囲で認められる私学教育における自由や教師の教授の自由以外の領域については、国が、憲法上、子ども自身の利益の擁護のため、子どもの成長に対する社会公共の利益と関心にこたえるため、必要かつ相当な範囲において、教育内容についてもこれを決定する権能を有する。

原告の主張する親の選択権は、主として家庭教育等学校外における教育や学校選択の自由に認められる権利というべきであって、心身障害児をどの学級に入級させるかという教育措置については、親にこれを選択する権利はなく、当該校長の権限に属する事項であることは、後記五記載のとおりである。

また、国は、教育における機会均等を実現する必要上、合理的な範囲で、教育内容・教育方法等についても決定すべき権能を有し、ことに、教育施設の設置管理等のいわゆる教育の外的事項については、教育行政本来の任務である。

いずれにせよ、親に普通学級と特殊学級とのいずれを選択するかの権利があるとの主張は失当である。

(4) 同5、(一)(2)アの主張は争う。

そもそも、原告の主張する自己決定権なるものが、権利として成熟しているか、幸福追求権とは別に、又は幸福追求権の内容として、憲法一三条により保障されているか疑問である上、仮に自己決定権が一般的に同条によって保障されているとしても、喫煙の自由などとは異なり、教育については当然に教育を実施する者と教育を受ける者とが予定されているのであって、同条から直ちに教育を受ける者が自己の教育の事柄に関して全て決定権を有しているとみることはできない。

(5) 同5、(一)(2)イの主張は争う。

(6) 同5、(一)(3)及び(4)の各主張はいずれも争う。

なお、学教法等が定める就学までの現行手続は後記五記載のとおりである。

(二) 同5、(二)の主張は争う。

(三)(1) 同5、(三)(1)の主張は争う。

被告市教委が、原告の両親との間で、被告市教委は原告の両親の同意が得られるまでは道教委に対し留萌中への特殊学級設置の認可申請をしない旨の合意をしたことはない。

もっとも、請求原因3、(九)に対する答弁で主張したとおり、被告市教委の職員としては、大川次長が、平成三年三月二八日に至り、初めて同日の話合いの席で、支援団体の発言を受け、「一方的に押しつけるのではなく話合いによる」と発言したことは事実であるが、この発言がされた経緯は右答弁部分で主張したとおりであり、また、この発言は、感情的になった原告の両親らとの話合いを継続することを目的とするものであった。話合いを継続したのは、特殊学級設置や原告の所属学級の決定に両親の同意を必要とするからではなく、特殊学級への入級がより適切な措置であることにつき、両親の納得を得た上で、原告の特殊学級への入級に至る手続を進行させることが、原告への教育的配慮として望ましいと考えたからである。

ところで、信義則については、行政法の分野でもこの適用を否定する理由はないが、他方、この分野においては、法律による行政の原則があり、また、行政法規は公益の保護をも目的とするため、行政行為の公平性、平等性の要請が存在する。したがって、行政庁の一定の行為が信義則違反といえるか否かは、行政法規の目的、当該行為がなされた際の状況、行為者の目的、相手方の対応等を総合的に判断し、適正な行政目的等を犠牲にしても被処分者の信頼を保護するために行動することを義務づけるに足りるだけの事情が存在することが必要である。

本件においては、被告市教委による特殊学級設置も被告校長による所属学級の決定も、これらの被告らが、原告の身体的状況、能力、適正、協調性等を総合考慮した上、特殊学級における教育が原告の利益を図るために最善と考え、教育的配慮から決定しているのであって、経済的取引と同視することはできない。また、大川次長は、話合いの困難な状況下で、両親らの理解を得るために話合いを継続しようとの趣旨から前記発言をしたもので、道教委からの特殊学級設置認可書が三月二二日に到達していることを両親らに説明すれば、一層の混乱を招くものと考え、特殊学級設置の事実をあえて告知しなかったのであるから、このような状況下では大川次長の右措置はやむを得なかったというべきである。

(2) 同5、(三)(2)の主張は争う。

仮に、被告市教委の本件特殊学級設置につき信義則違反と目される行為があったとしても、それもって被告校長の本件入級処分が違法であるとみることはできない。原告は、本件特殊学級設置に違法事由があり、その違法事由が本件特殊学級入級処分の取消事由として承継されると主張するが、以下のとおり失当である。

ア まず、そもそも違法性の承継なる概念は認められないというべきである。その理由としては、先行処分の違法性はその取消訴訟によってのみ主張することができ、それを後行処分の取消訴訟において主張することは行政行為の公定力に反すること、先行処分について出訴期間が経過した後に提起された後行処分の取消訴訟において、先行処分の違法性を主張することを認めることは、実質的には、先行処分についての出訴期間の制限を潜脱することになること、先行処分の取消訴訟と後行処分の取消訴訟とが別々に提起された場合、両訴訟に対する判決が矛盾するおそれがあること、後行処分をする行政庁は、先行処分の違法性について審査権限を有しないこと、先行処分に対しては行政訴訟を提起することができるので、違法性の承継を認めなくても国民に特段の不利益は生じないこと、などが挙げられる。

イ 仮に違法性の承継の概念自体は認められるとしても、その適用をみるのは先行処分と後行処分が相結合して一つの効果の実現を目指し、これを完成する場合に限られるものと解すべきである。

ところで、本件特殊学級設置は、学教法七五条一項に基づき行われる行政庁の内部的行為に過ぎず、右設置によって直ちに原告の権利義務に変動が生ずるのではないことは、前記二で述べたとおりである。したがって、違法性の承継を論ずべきところの先行処分にはそもそも該当しない。

また、その点は置くとしても、市町村教育委員会による公立中学校への特殊学級の設置は、校長が生徒を特殊学級又は通常の学級のいずれに入級させるか決定するに当たり、特殊学級への入級処分が可能となるための前提措置ではあるが、それ自体は、心身障害のために通常の学級では適切な教育を受けられない生徒に対し、障害に応じた適切な教育を受けるための教育環境としての学級を新たに創出するに過ぎないのに対し、特殊学級への入級処分は、個別の生徒が具体的に教育を受ける学級を指定する処分で、その結果、当該生徒が受ける教育内容も決定される。したがって、両者は目的を異にし、市町村教育委員会が特殊学級を設置したからといって、校長において必ずしも個々の心身障害を有する生徒を特殊学級に入級させなければならない義務を生ずるものではない。

したがって、本件特殊学級設置と本件入級処分との間には、両者が相結合して一つの効果の実現を目指し、これを完成するという関係にはなく、違法性の承継の要件を欠く。

ウ 更に、違法性の承継の点はともかく、仮に被告市教委の行為が信義則に反し、それが何らかの瑕疵に当たるとしても、その瑕疵が承継されて被告校長の本件入級処分が違法であるということはできない。本件入級処分の主体は被告校長であり、本件入級処分につき被告市教委の決裁や同意は必要ではなく、第三者である被告市教委の原告やその両親に対する対応によって、その処分が影響を受けるいわれはない。また、違法性の承継とは別に瑕疵の承継なる概念が認められるとしても、瑕疵が承継されるためには、違法性の承継と同様、第三者の先行した行為と後行処分とが相結合して一つの効果の実現を目指し、これを完成するものであることを要するところ、本件入級処分と本件特殊学級設置は目的及び効果において相違するのであるから、このような要件を満たさない。

エ 本件入級処分は、後記五記載のとおり、法定の手続にのっとった適法なものである。

(四) 同5、(四)の主張は争う。

学教法第六章所定の特殊教育が、児童生徒の機能の改善、回復の可能性を前提にしているとは解釈し得ない。けだし、特殊学級設置の根拠たる学教法七五条は、機能障害の改善、回復の可能性を特殊学級入級の前提要件とはしていないし、同法施行規則七八条の八所定の養護学校の中等部の教育課程が原告主張のとおりであるのに対し、特殊学級の教育課程は、通常の学級における場合と同様で、特に必要がある場合に特別の教育課程によることができるとされている(同規則七三条の一九)に過ぎないから、養護学校の教育課程と特殊学級におけるそれとは同一に論ずることはできない。更に、原告主張の本件通達の規定は、同通達の第一4(1)を受けているのであり、児童生徒を養護学校又は普通学級若しくは特殊学級のいずれで教育するかの判断をする際の、判断基準を示したに過ぎない。

なお、更に、養護・訓練の趣旨、目的、教育内容は、盲学校、聾学校及び養護学校小学部・中学部学習指導要領(平成元年一〇月二四日文部省告示第一五八号)総則第一4、第五章第一(目標)、同第二(教育内容)のとおりである。

(五) 同5、(五)の主張は争う。

6(一)  同6、(一)の主張は争う。

(二)  同6、(二)の主張のうち、大川次長が、平成三年三月二八日の話合いの際に、原告主張の如き趣旨の発言をしたこと、同年四月九日、原告の父親に対し、未だ特殊学級設置の認可申請をしていない旨述べたこと、同月一二日、原告の支援者に対し、同月一〇日付で認可申請をした旨述べたことは認めるが、その余の主張は争う。

7  同7の主張のうち、原告主張の各行為がいずれも公権力の行使に該当することは認めるが、その余の主張はいずれも争う。

8  同8の主張はいずれも争う。

五  被告らの主張(本件各処分の適法性)

1  特殊学級設置及び入級処分をめぐる法令等

(一) 就学義務に関する規定

憲法二六条二項、教基法四条一項、学教法二二条、三九条は、全ての国民はその保護する子女に初等、中等の普通教育を受けさせる義務を負うと、憲法二六条一項、学教法三条一項は、全ての国民はその能力に応じてひとしく教育を受ける権利を有すると、学教法二条二項、二九条、四〇条は、国及び地方公共団体は右の普通教育を実施するための学校を設置しなければならないと、それぞれ規定する。

地自法一四八条三項、同法別表第四、三、(一)は、市町村教育委員会は、学教法及びこれに基づく政令の定めるところにより、学齢簿の編製、入学期日の通知、就学すべき学校の指定、出席の督促その他就学義務に関して必要な事務を行う旨定めているところ、中学校入学に際しての就学事務の具体的内容は次のとおりである。

(1) 学齢簿の作成

市町村の教育委員会は、毎学年一〇月三一日までに、同月一日現在において、当該市町村に住所を有する者について、あらかじめ、学齢簿を作成しなければならない(学教法施行令二条、同法施行規則三一条)。

(2) 就学時の保健診断

市町村の教育委員会は、学齢簿の作成後一一月三〇日までに、新入学者に対する健康診断を行わなければならない(学校保健法施行令一条)。

(3) 心身障害者等について通知

市町村の教育委員会は、一二月三一日までに、都道府県の教育委員会に対し、新入学者のうち、盲者、聾者又は精神薄弱者、肢体不自由者若しくは病弱者(以下「心身障害者」という。)でその心身の故障の程度が学教法施行令二二条の二に規定する程度の者の氏名を通知しなければならない(学教法施行令一一条)。

(4) 入学期日の通知

市町村の教育委員会は、一月三一日までに、心身障害者でその心身の故障の程度が学教法施行令二二条の二に規定する程度の者以外の新入学者に対し、中学校への入学期日を通知しなければならない。

また、右新入学者が就学すべき当該市町村の中学校が二校以上ある場合においては、市町村の教育委員会は、当該新入学者の就学すべき中学校を指定しなければならない(学教法施行令五条)。

(二) 学教法施行令二二条の二所定の程度の心身障害を有する心身障害者に対する就学手続

(1) この心身障害者に対する前記(3)以降の就学手続は、以下のとおりである。

ア 市町村の教育委員会は、新入学者のうち、就学時の健康診断、就学指導委員会の意見等に基づいて学教法施行令二二条の二で定める程度の心身障害を持っている心身障害者について、一二月末日までに都道府県の教育委員会に対し、その氏名及び心身障害者である旨を通知するとともに、その者の学齢簿の謄本を送付しなければならない(同法施行令一一条)。

イ これを受けた都道府県の教育委員会は、これらの者の保護者に対し、養護学校等への入学期日を通知し、また、当該都道府県の設置する養護学校等が二校以上ある場合にはその就学すべき学校を指定することとされている(同法施行令一四条)。

(2) なお、心身障害者の障害の種類、程度等の具体的診断に当たっての留意事項は、本件通達で示されている。これによれば、右判断に当たっては、教育委員会は、就学時の健康診断等を実施し、各方面の専門家からなる就学指導相談会等の意見を聞いて、医学的、心理学的、教育的な観点から総合的かつ慎重に行い、その適正を期すべきこととされている。新たに就学予定の心身障害者については、各学校においてその障害の実態等を知ることは困難であることから、校長は教育委員会が行う右就学時健康診断、就学指導委員会における調査結果等に基づいて措置することが必要となる。右通達においては、就学指導委員会は、教育上特別な取扱を要する児童及び生徒の心身の故障の種類、程度の判断に関し、教育委員会の指定する事項について、調査及び審議することとされている(本件通達の第二、一号)。

(3) 現行制度では、養護学校等に就学すべき者の心身の故障の程度については政令で定めると規定され(学教法七一条の二)、同法施行令二二条の二の表中各項で定める程度の心身障害を有する者は、養護学校等に就学すべき義務を負うとされている(学教法三九条一項)。

また、心身障害の程度が学教法施行令二二条の二で定める程度に該当する児童生徒の保護者は、その児童生徒を入学期日の通知を受けた養護学校等へ就学させる義務を負う。仮に、保護者が主観的に心身障害者を中学校へ就学させたいと希望していても、前記手続により養護学校等への就学通知を受けた以上、右養護学校へ就学させなければ就学義務を履行したことにはならない。

(三) 学教法施行令二二条の二で定める程度に至らない程度の心身障害を有する心身障害者に対する就学手続

肢体不自由者については、この程度の肢体不自由者は、通常の学級における学習活動に支障があり、かつ、機能訓練等の特別の指導を必要とする者から、通常の学級における学習活動にさしたる困難はなく、学級担任の教員が留意して指導すれば通常の学級で学習が可能な者まで様々である。

(1) 日常動作にやや困難がある程度の肢体不自由者への対応

移動、筆記、食事、用便等の日常動作にやや困難がある肢体不自由者は、特定の教科等の学習が通常の学級では支障があり、かつ、機能訓練等の特別の指導を要することから、特殊学級で指導することが望ましい。

学教法七五条一項は、中学校には、特殊学級を置くことができることとしている。特殊学級においては、障害の機能を改善し、克服するために必要な知識、技能、態度及び習慣を養うための指導等、肢体不自由に即した適切な指導を行うことができ、反面、必要に応じ普通学級との交流の機会を設ける等の措置も可能であるなど、普通学級で指導する以上の適切かつ弾力的な教育が可能となる。また、特殊学級における教育課程は、中学校の通常の学級における場合と同様であるが、特に必要がある場合には、特別の教育課程によることができる。この場合には、当該学級を置く学校の設置者が、市町村立の学校にあっては都道府県教育委員会に、私立の学校にあっては都道府県知事に、その特別の教育課程をあらかじめ届け出なければならない(学教法施行規則七三条の一九)。

(2) 日常動作に困難がない軽度の肢体不自由者への対応

これに対し、学校での日常動作に困難がなく、学習環境や心理的・社会的適応等への配慮によって、通常の学習活動を支障なく行うことのできる程度の軽度肢体不自由者は、普通学級において留意して指導することが妥当である。

(四) 特殊学級の設置権限及び特殊学級への入級処分権限について

(1) 市町村教育委員会が行う特殊学級の設置

前記のとおり、学教法七五条一項は、中学校には、特殊学級を置くことができることとしている。右特殊学級の対象となる心身障害の程度は、前記のとおりである。

ア 市町村立学校の運営管理は、学教法五条、地教行法二三条により、設置者である市町村の教育委員会が行うこととされている。したがって、公立の中学校に特殊学級を設置するか否か、また、設置する場合にどのような種類の学級を設置するかについては、学校の設置者である市町村の教育委員会がその裁量によってこれを決定するのであり、特殊学級の設置権限は市町村の教育委員会にある。

更に、特殊学級の設置を含めた学級編制については、標準法の規定により、都道府県の教育委員会が、同法所定の標準に基づき、各都道府県ごとに学級編制の基準を定め(同法三条)、市町村教育委員会が、右基準に従い、管下の中学校の特殊学級を含む学級編制を行う(同法四条)こととした上、市町村が定める右学級編制は、毎学年、あらかじめ都道府県教育委員会の認可を受けなければならないこととされている(同法五条)。もっとも、都道府県教育委員会の右認可権限は、市町村教育委員会の行う特殊学級設置自体を全面的に再審査したり、廃止したり、変更したりする権限までは有しない。

イ 市町村教育委員会が特殊学級を設置するに当たり、原告が主張するような児童生徒又はその親の同意を要することをうかがわせる規定は現行法上存在しない上、原告の親は原告を中学校に就学させる義務を負っているに過ぎず、特定の学級に就学させる義務を負っているわけではないから、特殊学級の設置に法的な利害関係を有しているわけではない。

(2) 学校長の行う特殊学級への入級

ア 中学校に複数の普通学級又は普通学級と特殊学級が存する場合、生徒を具体的にどの学級に編入するかは、学校の教育活動に必要な校務の一つであるから、校長の権限に属する事項である(学教法二八条三項、四〇条)。

したがって、中学校に在学する軽度の心身障害者について、特殊学級に所属させるか否かという所属学級の決定、あるいは特定の所属学級の中で想定し得る多様な指導形態、教育措置の中で具体的にいかなる方法をとるかの決定は、校長が、教育的観点からその生徒の障害の状態、発達段階等を十分見極めつつ、教育的観点から、その責任においてこれを行うのである。心身障害を有する生徒をどの学級に入級させるかの教育的措置についての校長の判断は、これを制約する法律上の規定はなく、専門的・技術的観点から、当該生徒の各種の能力、適性、特性、協働性、協調性等の複合的要素を総合考慮した上で広汎な裁量的判断によって決定すべきものである。そして、その判断に当たっては、学習環境への配慮、必要に応じ当該学校以外の学校の特殊学級への通級による指導又は専門の教師の巡回による指導の可否を踏まえ、日常の具体的行動、学習指導等における活動状況(発達遅滞の状況、学習態度、学力状況、交友関係等)の観察結果、知能検査、各種の諸検査、成育歴や環境等の調査分析結果を、医学・教育・心理の各専門分野から総合的に判断することが必要である。

校長は、特殊学級への入級処分をするに際しては、通例、当該生徒に対して就学指導委員会が医学、教育、心理的観点から行う判断を参考にした上で、慎重を期して判断している。

イ このように、校長による特殊学級への入級処分は、前記の諸観点から総合的に判断すべき事項であり、この場合、当該生徒又はその親の同意は、現行法上、実体的にも手続的にも法的要件とはされていない。

もっとも、現行の制度が右のとおりであるにもかかわらず、現実には、特殊学級への入級に当たっては、その措置が、その児童生徒にとってより適切な措置であるとの親の納得を得るよう入級指導されることが少なくない。このような運用がされているのは、わが子を特殊学級へ入れることには多少なりとも心理的な抵抗が予想され、親の抵抗や心理的動揺を無視して、一方的に入級を進めた場合、無用の紛糾が発生するおそれがあることから、これを避ける意味で望ましいとされているに過ぎない。

2  本件入級処分の正当性

(一) 前記のとおり、心身障害者を中学校のどの学級に所属させるかは、校長が広汎な裁量的判断によって決定すべきものであるから、このような裁量的判断に属する行為は、その措置が社会通念上著しく妥当性を欠き、裁量権の範囲を逸脱又は濫用したと認められる場合に限り違法となる。

これを本件についてみるに、原告は、出生時に脊髄損傷を受けたため、胸から下部の肢体不自由者になったものであり、昭和五六年六月三〇日、脊髄性四肢まひによる四肢体幹機能の著しい障害一種一級の障害者と認定された重度の肢体不自由者である。

留萌地方就学指導委員会は、平成二年一二月一一日、原告は、重度の肢体不自由者であって、学業面では、手指にまひがあり巧ち性に欠け、筋力、体力ともに弱いことからみて、特別な教育・介助による援助が必要である上、生活面でも、身体の休養や排泄処理のための特別な場所も必要であること等から、学教法施行令二二条の二で定める障害の重度の肢体不自由者であると判断し、原告の就学すべき学校は、養護学校が適当であると判定した。しかしながら、同委員会は、原告の小学校での就学状況や両親等の原告を中学校で就学させたいとの強い希望を受け、教育的配慮から特殊学級での就学も検討すべきであると付言した。

これを踏まえ、被告市教委は、平成三年三月一五日、留萌中学校に特殊学級を設置し、被告校長は、同年四月九日、専門的・技術的観点から、原告の各種の能力、適性、特性、協働性、協調性等の複合的要素を総合的に調整考慮して、原告を特殊学級に編入した。右入級処分に際しては、全教科の三分の二に相当する主要五教科につき普通学級と交流させることとし、かつ、専任の教諭を一名増員配置する等の配慮をしている。

その後、被告校長は、平成四年四月ころ及び平成五年四月においても、同様の裁量的判断により、原告を特殊学級に所属させるとの処分をした。

したがって、被告校長の行った本件各入級処分に裁量権の逸脱又は濫用はなく、その他何らの違法な点も存しない。

六  被告らの主張に対する原告の答弁

被告らの前記五の各主張のうち、被告らが掲記の法律の条文が存在することは認めるが、その余の主張は争う。

第三  証拠〈省略〉

理由

一本件各処分に至る経緯

証拠等によれば、以下の事実が認められる。

1  原告は、昭和五四年二月七日、父山崎義三と母山崎洋子の長女として出生したが、出生時に受けた脊髄損傷のため、胸部から下の肢体不自由者となり、昭和五六年六月三〇日、脊髄性四肢まひによる四肢体幹機能の著しい障害一種一級の障害者に認定された(争いのない事実、弁論の全趣旨)。

2  ところで、原告の両親は、原告が小学校に入学するに際し、原告の成長に当たっては、心身障害を持たないいわゆる健常児とともに学校生活を送ることが望ましいとの考えから、被告市教委と協議を重ね、その結果、原告は、昭和六〇年四月、家族の付添いがあることを条件として、留萌市立東光小学校に入学し、普通学級において学習することになった。

ところが、その後、原告の家庭内での事情により、原告に対する付添いが困難となったため、原告は、小学校二年生から五年生まで、自宅で週二日、一日二時間の旭川養護学校による訪問教育を受けた。

しかしながら、原告及びその両親は、原告が小学校の普通学級で学習することが望ましいとの強い意向を持ち続けていたため、原告の両親が、被告市教委と協議し、最終的に、被告市教委が前記小学校に肢体不自由児の特殊学級を設置し、原告をそこに入級させた上、普通学級との交流を図ることとされた。そこで、原告は平成二年五月一日から前記小学校への通学を再開し、普通学級との交流は、国語、理科、社会、音楽の四教科について三つの普通学級と交流する形態がとられた。

(争いのない事実、〈書証番号略〉、原告法定代理人山崎義三)

3  原告の両親は、原告の中学校入学に際し、原告自身が普通学級において学習したいとの強い希望を持ち、また、原告の両親においても同様の希望を持っていたため、平成二年一〇月二二日、被告市教委に対し、中学校においては原告を普通学級で学習させたい旨申し入れた。また、同年一一月一六日、留萌地方就学指導委員会により開催された就学指導相談においても、原告の両親は、担当者に対し、右同様の申入れをした。

しかしながら、右担当者は、原告の肢体障害につき、手指にまひがあり、巧ち性に欠け、筋力、体力ともに弱いことから、原告のために普通学級はまだ無理と思われ、中学校においても小学校六年生における指導と同様に特殊学級に在籍させての指導が必要と思われる旨記載した報告書を作成した。

(争いのない事実、〈書証番号略〉、原告法定代理人山崎義三)

4  同年一二月一一日、平成二年度の留萌地方就学指導委員会が開催された。同委員会は、本件通達の規定を受けて、同委員会設置要綱に基づいて設置されたもので、右要綱によれば、その所掌事務は、教育上特別な取扱いを要する児童及び生徒の心身の故障の種類、程度の判断に関し、留萌管内市町村教育委員会の指定する事項について、調査及び審議を行い、その結果を当該市町村教育委員会に報告することとされ、医師、学識経験者等のうちから被告市教委の教育長が委嘱した委員二〇人以内で組織されることになっているが、このときは医師の出席はなかった。

同委員会は、協議の結果、原告に対する前記就学指導相談の結果を踏まえ、原告の就学に関しては、原告が、学業面では、前記就学指導相談の報告書記載の障害の状況から、特別な教育、介助による援助が必要であり、また、生活面でも、身体の休養や排泄処理のための特別な場所が必要であること等の理由から、学教法施行令二二条の二で定める肢体不自由者に該当し、就学すべき学校は養護学校が適当であると判断した。もっとも、あわせて、原告の小学校での就学状況や、両親等の原告を中学校に就学させたいとの強い希望を受け、教育的配慮から中学校の特殊学級での就学も検討すべきであるとも判断した。

同委員会は、右の見解を、同月一三日ころ、被告市教委の教育長あて通知した。

(〈書証番号略〉、証人大川寿幸、弁論の全趣旨)

5  同月二〇日、原告の両親と被告市教委との間で話し合いが行われたが、原告の両親からの前記申し入れに対し、被告市教委は、右就学指導相談の結果、担当者が原告について特殊学級での学習が適当と判断したことを踏まえ、留萌中の教職員等の理解を得た上で、中学校においても特殊学級を設置し、原告を特殊学級で学習させることが望ましい旨回答した(争いのない事実、〈書証番号略〉)。

6  原告の両親は、平成三年一月三〇日ころ、被告市教委から、原告の就学校を留萌中とするとの指定を受けるなどした後、同年二月二一日、市教委との間で話合いを行い、被告市教委からは、担当者として、小倉課長及び津田係長が出席した。原告の両親は従前同様の申し入れを行ったが、その際、小倉課長及び津田係長は、原告を特殊学級に所属させた上、普通学級との交流をするという形態が望ましい旨回答する一方、被告市教委は、両親の同意なしには、道教委に対する特殊学級設置の認可申請はしない旨発言した。

しかしながら、被告市教委としては、同年一月末日ころには、原告が特殊学級に入級することを念頭に置いた上、留萌中に特殊学級を設置することを内部的に決定していた。

(争いのない事実、〈書証番号略〉、証人大川寿幸、原告法定代理人山崎義三)(なお、被告らは、右事実のうち、小倉課長らが被告市教委において原告の両親の同意なしには留萌中への特殊学級設置の認可申請をしないなどと発言したことはない旨主張するが、右主張に沿う証人大川寿幸の供述部分は、挙示の各証拠に照らしてにわかに信用できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。)

7  原告の両親及びその支援者らは、同年三月四日ころ、被告市教委の教育長及び被告校長宛に、原告を留萌中の普通学級に所属させて欲しい旨の要望書を提出した上、同日、被告校長との間で話し合いが行われた。被告校長は、留萌中の現状では、原告を特殊学級に所属させた上で普通学級と交流する形態しかできない旨回答する一方、誰か責任の取れる者が原告の介助に付けば原告を普通学級に所属させることも可能である旨、また、原告の所属学級を決定する権限は被告市教委にある旨発言した。(争いのない事実、〈書証番号略〉、原告法定代理人山崎義三)。

8  同月六日、原告の両親は、被告市教委との間で話し合いを行い、被告市教委からは、担当者として、大川次長も出席した。その際、大川次長は、原告は特殊学級に所属することが望ましいと回答しながらも、最終的な結論はまだ出していないなどとして、前記要望書に対する最終的な回答を留保する一方、原告の所属学級を決定する権限は被告市教委にある旨明言した上、再度、原告の両親の意向を無視して留萌中への特殊学級設置の認可申請はしない旨発言した(争いのない事実、〈書証番号略〉、原告法定代理人山崎義三)。(なお、被告らは、大川次長が、平成三年三月六日、被告市教委において原告の両親の同意なしには留萌中への特殊学級設置の認可申請をしないなどと発言したことはない旨主張するが、これに沿う証人大川寿幸の供述部分は、挙示の各証拠に照らしてにわかに信用できず、他に右認定を左右する証拠はない。)

9  同月二二日、原告の両親及びその支援者と、被告市教委との間で話し合いが行われ、被告市教委から大川次長らが出席した。原告の両親からの原告を普通学級に所属させたい旨の要望に対し、大川次長は、従前のとおり、原告を特殊学級に所属させた上、普通学級と交流する形態が妥当である旨回答するとともに、重ねて、原告の両親の同意なしに特殊学級設置の認可申請はしない旨発言し、かつ、原告の所属学級を決定する権限は被告市教委にあると述べた。

(争いのない事実、〈書証番号略〉、証人大川寿幸、原告法定代理人山崎義三)(右認定に反する証人大川寿幸の供述部分が信用できないことには、8における説示と同様である。)

10  なお、被告市教委は、これより先の平成三年三月一日、標準法五条の規定に基づき、道教委に対して、留萌中の学級編制を含む公立小学校及び中学校の平成三年度学級編制の認可申請を行い、同月一五日、道教委はこれを認可し、同月二二日、被告市教委は認可書の交付を受けた。

右申請及び認可にかかる留萌中の学級編制は、全校で普通学級一七学級(予定人員六四七名)及び精神薄弱者(予定人員三名)、言語障害者(予定人員三名)並びに肢体不自由者(予定人員一名)のための特殊学級(なお、ここでは、学教法七五条所定の特殊学級を意味する。)各一学級とされていた(争いのない事実、〈書証番号略〉)。

当事者間で争いのない「被告市教委による平成三年三月一五日の留萌中への特殊学級の設置」の手続及び内容は右の各事実を意味するものである。

11  同月二八日に行われた原告の両親及びその支援者らと被告市教委との間の話し合いの中でも、大川次長は、従前同様、両親の同意なしに特殊学級の設置認可申請はしない旨発言した(争いのない事実、〈書証番号略〉、原告法定代理人山崎義三)。

12  同年四月九日、被告校長は、留萌中での職員会議での協議を踏まえ、原告に対し、原告を特殊学級に入級させるとの処分をした(争いのない事実、弁論の全趣旨)。

13  右同日、留萌中への入学式が行われたが、原告及びその両親は同中学校に特殊学級が設けられていたことに不審を抱いた。そこで、同日、原告の父親が大川次長に対し電話で問い合わせたところ、同人は、「正式に特殊学級設置の認可申請はしていない。」旨虚偽の回答をした。また、同月一二日、原告の支援団体の代表者毛利健三が、大川次長に対し問い合わせたところ、同人は、被告市教委が同月一〇日付で道教委に対し、特殊学級設置の認可申請を行った旨回答した。

(争いのない事実、〈書証番号略〉、証人大川寿幸、原告法定代理人山崎義三)

14  同年四月二六日に行われた原告の両親らと被告市教委との間の話し合いにおいて、大川次長は、初めて前記10で認定した認可申請の事実及び認可の事実を告知するに至った(争いのない事実)。

15  その後、平成四年四月ころ、被告市教委は、道教委に対し、留萌中に特殊学級一学級を設置することを含む公立小学校及び中学校の平成四年度学級編制の認可申請を行い、道教委はこれを認可した。

また、そのころ、被告校長は、原告に対し、原告を留萌中の特殊学級に入級させるとの処分をした。

(争いのない事実、弁論の全趣旨)

16  更に、被告市教委は、遅くとも平成五年四月一日までに、道教委に対し、前同様、留萌中に特殊学級一学級を設置することを含む公立小学校及び中学校の平成五年度学級編制の認可申請を行い、道教委は、同日、これを認可した(争いのない事実、弁論の全趣旨)。

当事者間に争いのない「被告市教委による平成五年四月一日の留萌中への特殊学級の設置」の手続及び内容は右の各事実を意味するものである。

また、被告校長は、同月七日、原告に対し、原告を留萌中の特殊学級に入級させるとの処分をした(争いのない事実、弁論の全趣旨)。

二被告市教委に対する訴えの適法性について

1 被告市教委が、平成五年四月一日、留萌中に特殊学級を設置したことは当事者間に争いがないところ、その具体的な手続及び内容は、一、16に認定したとおりである。

2  そこで、被告市教委がした留萌中への特殊学級の設置の目的及び性質について検討する。

(一)  まず、地自法一八〇条の八第一項は、教育委員会は、別に法律の定めるところにより、学校その他の教育機関を管理し、学校の組織編制等に関する事務を行うなどと規定し、地教行法二三条は、「教育委員会は、当該地方公共団体が処理する教育に関する事務及び法律又はこれに基づく政令によりその権限に属する事務で、次の各号に掲げるものを管理し、及び執行する。」と規定した上、その五号で学校の組織編制に関する事務を挙げ、これら地自法及び地教行法の規定を受けて、標準法四条は、普通学級及び特殊学級(ここでは、学教法七五条でいう特殊学級を意味する。)からなる公立の義務教育諸学校の学級編制は、都道府県の教育委員会が定めた基準に従い、当該学校を設置する地方公共団体の教育委員会が行うと定め、同法五条は、市町村教育委員会は、毎学年、当該市町村の設置する義務教育諸学校に係る同法四条の学級編制につき、あらかじめ都道府県教育委員会の認可を受けなければならないと定めている。なお、公立中学校の設置義務者は、市町村である(学教法四〇条、二九条)。

(二)  したがって、市町村の教育委員会は、前記地自法及び地教行法の諸規定を背景に、具体的には、標準法四条の規定によって、学校全体の学級編制の決定の一環として、学校に特殊学級を設置する権限を与えられるが、市町村の教育委員会が、その学級編制を決定するに当たっては、同法五条により、都道府県の教育委員会の認可を受けて、初めてその効力を有するものと解すべきである。このように、標準法が、学校の管理機関たる教育委員会に学校の学級編制の権限を付与したのは、それが公立の義務教育諸学校に関し、学級規模と教職員の配置の適正化を図り、もって義務教育水準の維持向上に資することを目的とする(同法一条)からである。

(三)  そして、右(一)、(二)の説示に徴すると、被告市教委が行った留萌中への特殊学級の設置についても、同様に理解すべきであって、被告市教委は、留萌中の平成五年度における学級規模と教職員の配置の適正化を図り、もって義務教育水準の維持向上に資する目的で、標準法四条の規定に基づき、留萌中の学級編制を決定する一環として特殊学級を設置したものであるが、右特殊学級の設置は、同法五条の規定により、被告市教委から道教委に対する認可申請を経て、道教委の認可により、その効力が発生したものと解すべきである。

3 ところで、原告が被告市教委に対して求める抗告訴訟としての処分の取消しの訴えは、行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為に対してのみ許されるとされているところ(行政事件訴訟法三条一項、二項)、ここでいう「公権力の行使に当たる行為」とは、行政庁の法令に基づく行為の全てを意味せず、公権力の主体たる国又は地方公共団体が行う行為のうち、その行為により直接国民の権利義務を形成し、又はその範囲を確定することが法律上定められているものをいうと解すべきである(最高裁昭和三九年一〇月二九日判決・民集一八巻八号一八〇九頁等参照)。

これを本件についてみると、被告市教委による留萌中への特殊学級の設置の目的や性質は2、(三)で説示したとおりであり、特殊学級の設置は、あくまでも当該年度における学校全体の学級編制の一環としてなされているに過ぎず、また、特殊学級の設置によっても、当該学校在学者又は在学予定者の権利義務には何らの影響をも与えないのであるから、これを抗告訴訟の対象と解することができないことは明らかである。

原告は、少なくとも平成三年三月から四月にかけてされた留萌中への特殊学級の設置と原告の特殊学級への入級処分については、両者は一体的なものである旨主張するが、教育委員会による前記の特殊学級の設置と校長の行う入級処分(後述する。)とは、法律上全くその目的や性質を異にするのであるから、右原告の主張を採用することはできない。このことは、たとえ、当時の被告市教委の職員、被告校長及び原告らの両親において、主観的に、教育委員会による特殊学級の設置と学校長の行う入級処分とが一体的なものと考えていたとしても同様である。

4  したがって、原告の被告市教委に対する特殊学級設置に対する取消訴訟は、その余の点について判断するまでもなく、不適法であり、却下を免れない。

三被告校長の処分に対する取消請求等について

原告は、被告校長が、平成五年四月七日、原告に対してした特殊学級への本件入級処分は違法であるから取り消されるべきであるとし、あわせて、被告市に対する国家賠償請求の前提として、被告校長が平成三年及び平成四年に原告に対して行った特殊学級への入級処分並びに被告市教委が行った本件各特殊学級の設置(処分性がないとしても)についても同様に違法であるとし、その違法事由をるる主張するので、以下順次判断することとする。

1  本件各入級処分等が原告及びその両親の選択権を侵害したとの主張について

(一)  憲法二六条を根拠とする選択権の主張について

この点に関する原告の主張は、(a)子どもが憲法二六条によって保障された普通教育を受ける権利とは、普通学級のように他者と十分に交流し得る教育環境の存在することが不可欠であるが故に、普通学級で教育を受ける権利を意味するから、心身障害を有する子どもも、普通学級で教育を受けるべきことを自ら選択・決定する権利を有し、また、(b) 同条は、子どもの親に対し、自己の子女に施す教育について、公権力から干渉されない自由を保障しているところ、かかる自由は最低限子どもに与える教育の目的を設定し、その教育目的に沿った具体的内容を選択・実行する権利を包含しているから、かかる権利の内容として、子どもの親は、学校において、心身障害を有する子どもを普通学級と特殊学級のいずれに所属させるかを選択・決定する権利を有する、と主張しているものと解されるので、これらの点につき検討する。

(1)ア 憲法二六条は、一項において、「すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する。」と定め、二項において、「すべて国民は、法律の定めるところにより、その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負ふ。義務教育は、これを無償とする。」と定めている。

この規定は、福祉国家の理念に基づき、国が積極的に教育に関する諸施設を設けて国民の利用に供する責務を負うことを明らかにするとともに、子どもに対する基礎的教育である普通教育の絶対的必要性に鑑み、親に対し、その子女に普通教育を受けさせる義務を課し、かつ、その費用を国において負担すべきことを宣言したものであるが、この規定の背後には、国民各自が、一個の人間として、また、一市民として、成長、発達し、自己の人格を完成、実現するために必要な学習をする固有の権利を有すること、特に、自ら学習することのできない子どもは、その学習欲求を充足するための教育を自己に施すことを大人一般に対して要求することのできる権利を有するとの観念が存在していると考えられ、換言すれば、子どもの教育は、教育を施す者の支配的権能ではなく、何よりもまず、子どもの学習する権利に対応し、その充足をはかり得る立場にある者の責務に属するものとしてとらえられるべきである(最高裁昭和五一年五月二一日判決・刑集三〇巻五五号六一五頁参照)から、現代の民主主義国家においては、教育は、子どもの人格の完成を目指すものとして、子どもの学習をする権利を中心として考えなければならないのは当然である。

イ しかしながら、国民は全て教育を受ける権利を有し、保護する子女に教育を受けさせる義務を負うといっても、国民各自が自らなし得るところには限界があり、かかる権利を有意的なものとするには、当然教育施設や教育専門家の助けを必要とし、技術文明の進展が公教育制度の確立とその整備の必要性をいっそう高めてきたという歴史的経過に鑑みると、現代国家にあって、教育を受ける権利とは、公教育制度を前提として、国家に対し、合理的な教育制度と施設とを通じて適切な教育の場を提供することを要求する権利を意味せざるを得ず、いわゆる社会権としての性格を帯有することになる。憲法二六条一項の保障する「教育を受ける権利」は、右に述べた理を表現しているものと解される。

ウ したがって、憲法二六条一項の「教育を受ける権利」を子どもの学習する権利を中心として考えなければならないとしても、同条が、子どもに対し、自己に施されるべき教育の環境ないし教育内容を、当該子ども自らが決定する権能まで付与したものであるとの解釈は、前述した同条の社会権的性格に照らし、到底導き出すことができない。

また、実質的に考えても、子どもが学習権の主体であるからといって、人格の未熟を前提にその完成を目指すために教育を受ける子どもが、自ら教育環境も含めた教育内容を決定できるという議論は、およそ健全な社会常識に合致しないものと思料される。

エ これに加えて、心身に障害を有する子どもが、普通学級で教育を受ける憲法上の権利を有するか否かにつき、憲法二六条は、後記(三)(3)で述べる国民の教育を受ける権利に関する立法一般に適用されるべき規範を越えて、そもそも心身に障害を有する子どもに対する教育のあり方につき、何ら規範的な基準を与えてはいないから、心身に障害を有する子どもが、憲法二六条に基づき、普通学級で教育を受ける権利を有すると解することも困難というほかはない。

思うに、心身障害を有する子どもの教育は、子どもが人間として、生産的・社会的な労働をし、生存が満たされていくための見通しを持たせ、また、現在及び将来の主権者として民主主義の担い手たることを可能ならしめ、更には、前記子どもの学習権の要請を満たすこと等を目的とした学習・発達の機会の保障と、そのための心身障害の軽減・克服を、同時的に学校教育という場において実践するものであり、心身障害を有する子どもに対して適切な教育を施すためには、その能力・特性等及び障害の種類や程度等に即応できるような多様な教育の場又は形態が用意されなければならないのである。

他方、我が国の通常の義務教育学校は、明治以来、極端な個人差を持つ者は就学して来ないということを前提に諸々の仕組み・制度が形成されており、これは、今日においても、教育課程の基準、教科書制度、学級編制の標準、教員免許制度等においてなお基本的には変わっていないという事実も認めざるを得ないのであって、心身障害を有する子どもの教育を考えるに当たっては、かかる枠組みに制約された受入れ態勢の現状をも考慮し、とりわけ、子どもの障害の種類や程度に即応できる多様な教育の場又は形態の設定も、受入れ態勢の可変性との相対的な関係で決まるという側面を無視し得ないというべきである。

以上、要するに、心身障害を有する子どもに対する学習権保障のあるべき内容は、憲法二六条の規定から自動的に決まる問題ではなく、その時々におけるいわゆる障害児教育に関する科学と実践及び学校教育体系全体とのかかわりにおける様々な評価や、これらについての利害関係者の議論を踏まえた上で、極めて合目的的に判断されるべき事柄である。

オ よって、子どもが、憲法二六条に基づき、普通学級で教育を受けるべきことを自ら選択する権利を有するとは解し得ないから、この点に関する原告の主張は採用することができない。

(2)ア 次に、憲法二六条の規定の趣旨を、子どもの教育は、子どもの利益のために、教育を与える者の責務として行われるべきものと解すべきことは前記(1)アで説示したとおりであるところ、このことから、このような教育の内容及び方法を、誰がいかにして決定すべきか、また、決定することができるかという問題に対する一定の結論は、当然には導き出されない。

子どもは可塑性を持つ存在であり、子どもにどのような教育を施すかは、その子どもが将来どのような大人に育つかに対して決定的な役割を果たすから、子どもの教育の結果に利害と関心を持つ関係者が、それぞれその教育内容及び方法に深い関心を抱き、それぞれの立場からその決定、実施に対する支配権、発言権を主張するのは自然な成り行きであるが、何が子供の利益であり、また、そのために何が必要であるかについては、意見の対立が当然生じ得るのであり、そのために起こる教育内容の決定につき矛盾、対立する主張の衝突を一義的に解決する一定の基準を憲法は明示していないから、憲法の次元での解釈としては、関係者らの主張のよって立つ憲法上の根拠に照らして、各主張の妥当すべき範囲を画するのが合理的な解釈である。

具体的には、親は、子どもに対する自然的関係により、子どもの将来に対して最も深い関心を持ち、配慮すべき立場にある者として、子どもに対する支配権、すなわち子女の教育の自由を有するが、これは、主として家庭教育等学校外における教育や学校選択の自由に現れる。また、私学教育における自由や学校において現実に子どもの教育の任に当たる教師の教授の自由も、教育の本質的要請に照らし、教授の具体的内容及び方法につきある程度自由な裁量が認められなければならないという意味において、限られた一定範囲で妥当するが、それ以外の部分においては、一般に社会公共的な問題について国民全体の意思を組織的に決定、実現すべき立場にある国が、国政の一部として広く適切な教育政策を樹立、実施すべく、また、し得る者として、憲法上は、あるいは子ども自身の利益の擁護のため、あるいは子どもの成長に対する社会公共の利益と関心に答えるため、その目的達成に必要かつ相当な範囲で教育内容についてもこれを決定する権能を有すると解するのが相当である(前記最高裁判決参照)。

イ 原告が主張する親の教育の自由は、右に述べた限度で認められるべきものであり、公教育における教育を含めたそれ以外の領域においては、憲法二六条が、親に対し、子女に施す教育の内容を決定する権能を付与しているものとは解することができないから、憲法二六条を根拠に、親が心身障害を有する子どもに対し、いかなる教育を施すかという教育内容を決定する権限はないというべきである。

ウ とりわけ、心身障害を有する子どもの教育においては、前記(1)エにおいて述べたとおり、いわゆる障害児教育に関する科学と実践及び学校教育体系との関わりにおける様々な評価や、これについての利害関係者の議論を踏まえた上で、心身の障害の実態に即したきめ細かい教育課程が実施されるよう、いっそうの教育内容及び指導方法の改善・充実を図り、心身障害を有する子どもに対する教育条件の整備に努めなければならないのであるから、かかる教育内容を決定する権能は、かかる責務の担い手たる国に帰属するといわざるを得ない。

したがって、心身障害を有する子どもが、学校において、普通学級に所属すべきか特殊学級に所属すべきか、また、それを誰が決定すべきかは、まさに心身障害を有する子どもに対する教育の内容にかかわる事項であるから、親が憲法二六条を根拠に、これを自ら選択・決定する権利を有するということはできず、結局、憲法二六条は、心身障害を有する子どもに対し、どのような内容の教育を施すかについて国の立法の判断に委ねていると解するのが相当である。

したがって、憲法二六条が子どもの親に対し、心身障害を有する子どもに対して施されるべき教育内容を決定する権限を与えていると解することはできない。

エ よって、子どもの親が、憲法二六条に基づき、学校において、心身障害を有する子どもを普通学級と特殊学級のいずれに所属させるかを選択・決定する権利を有するとはいえないから、この点に関する原告の主張も採用することができない。

(二)  憲法一三条後段を根拠とする選択権の主張について

原告は、憲法一三条後段のいわゆる幸福追求権を根拠に、原告及びその両親が留萌中の普通学級と特殊学級のいずれに入級するかを選択する権利を有すると主張し、その主張するところは、憲法二六条を根拠とする主張とほぼ同一内容と解されるところ、仮に、幸福追求権が、憲法に列挙された個別の権利保障ではまかないきれない国民の利益を保障したものと解することができるとしても、国民が幸福追求権の一環としての教育の自由を有することを前提に、国に対して合理的な教育制度と施設とを通じて適切な教育の場を提供することを要求する権利たる国民の教育を受ける権利を個別的に二六条で保障しているのであるから、本件において、憲法一三条後段に関して更に判断をする必要性があるかという意味において、原告の憲法一三条後段を根拠とする主張は、その根拠条項の適格性自体極めて疑問といわざるを得ない。

しかしながら、この点は置くとしても、憲法一三条後段の解釈についても、こと教育の内容に関する限り、何が子どもにとって幸福であるかは、公教育制度を離れて子どもや親が自由に決めたり、子どもや親が主観的に欲するところのものが即同条でいう子どもの「幸福」に該当し、又は、子どもの「幸福」に合致する所以のものではないのであって、前記(一)に説示した理由と全く同じ理由により、かかる規定が、心身障害を有する子どもが学校において普通学級に属するか特殊学級に属するかの選択権を、子どもとその親に保障したものとは到底解することができず、これを前提に、校長がした本件各入級処分が違法である旨の主張は、その前提を欠き、失当というべきである。

(三)  学教法及び関係法令を根拠とする選択権の主張について

次に、現行教育関係法令上、中学校に設置された普通学級と特殊学級のいずれに入級するかについて、子ども又はその親に選択権があると解することができるか否かについて判断する。

(1) 養護学校等の場合について

原告は、心身障害を有する子どもやその親に対し、子どもを特殊学級や養護学校等に入級又は就学させることを強制する規定はなく、むしろ、養護学校等は、心身障害を有する子どもに対し、教育施設の選択肢として定められたに過ぎず、親や子どもにどの種類の学校に就学するかの選択権があり、その趣旨は特殊学級においても当然適用されるべきである旨主張するので、まず養護学校等についてこの点を検討する。

ア 養護学校等への就学に関する学教法の規定

まず、学教法三九条一項は、保護者(親権者及び後見人)に対し、「子女が小学校又は盲学校、聾学校若しくは養護学校の小学部の課程を修了した日の翌日以後における最初の学年の初から、満一五才に達した日の属する学年の終りまで、これを、中学校又は養護学校等の中学部に就学させる義務」を負わせ、同法七一条は、養護学校等は、盲者(強度の弱視者を含む。)、聾者(強度の難聴者を含む。)又は精神薄弱者、肢体不自由者若しくは病弱者(身体虚弱者を含む。)(以下これらをあわせて「心身障害者」という。)に対し、中学校に準ずる教育を施し、あわせてその欠陥を補うために、必要な知識技能を授けることを目的とするものとし、同法七一条の二は、七一条に規定する心身障害者の心身の故障の程度は政令でこれを定めるとしている。

以上の諸規定からは、政令で定める程度の心身の故障を有する心身障害者の保護者が、当該心身障害者を、養護学校等に就学させる義務を負っているのか、中学校と養護学校等のいずれかに就学させる義務を負っているのかは必ずしも明らかではない。

イ 学教法施行令と就学手続

次に、学教法三九条三項、一項、二二条二項、一項によれば、保護者が子女を中学校又は養護学校等に就学させるべき前記義務に関し、義務履行の督促又は義務に関し必要な事項は、政令でこれを定めることとされており、これを受けて、学教法施行令一条ないし二二条が、これらの事項を定めている。

同施行令五条、一四条によれば、就学予定者を、心身故障の程度が同施行令二二条の二(学教法七一条の二所定の政令に該当する。)で定める程度に至っているか否かにより、判然と就学手続を分け、結果的に、当該就学予定者の就学すべき学校の種別まで決定されるという制度が採られている。

すなわち、同施行令五条は、心身の故障が同施行令二二条の二の程度に至らない就学予定者につき、市町村の教育委員会は、保護者に対し、その入学期日を通知し、当該市町村の設置する中学校が二校以上ある場合には、右通知において当該就学予定者の就学すべき中学校を指定しなければならないとする。また、右規定の存在位置からして、中学校が一校しか存在しない場合には、中学校への入学期日を通知するものと解釈される。

他方、同施行令一四条は、小学校入学前に実施される学校保健法四条所定の健康診断を経て、同施行令一一条の規定により、市町村の教育委員会から都道府県の教育委員会に対して、同施行令二二条の二で定める程度の心身を有する心身障害者である旨の通知等がされた者、及び小学校又は中学校に在学中、同施行令二二条の二で定める程度の心身障害を有するに至ったため、同施行令一二条の規定により、校長から市町村の教育委員会を経由した上で都道府県の教育委員会に対して、その旨の通知等がなされた学齢児童及び学齢生徒(以下「児童生徒」という。)につき、都道府県の教育委員会は、この通知を受けた心身障害者について、その保護者に対し、その入学期日を通知し、当該都道府県の設置する養護学校等が二校以上ある場合は、右通知において当該児童生徒を就学させるべき養護学校等を指定しなければならないとする。また、当該都道府県の設置する養護学校等が一校しかない場合は、中学校の場合と同様、同施行令一一条以下の規定の位置からして、養護学校等への入学期日が通知されると解釈される上、当該肢体不自由者等の住所に対応する中学校が当然に存在するはずであるのに、就学すべき中学校を指定する旨の規定は存しない。

ウ 前記イに掲記の学教法施行令の規定に加え、親の指定校変更申立てに関する同施行令八条、一六条、区域外就学等に関する同施行令九条、一七条等の規定をもあわせ考えるなら、同施行令は、小学校入学前の段階で、同施行令二二条の二で定める程度の心身の故障を有する心身障害者は養護学校等へ就学させ、それ以外の者は小学校へ就学させること、小学校又は中学校在学中にこの程度の心身障害を有するに至った場合には養護学校等へ就学させることを前提としているというべきであり、同施行令二二条の二で定める程度の心身の故障を有する心身障害者を中学校に就学させることは全く予定していないと解するほかはない。したがって、同施行令上は、その二二条の二で定める程度の心身の故障を有する心身障害者あるいはその保護者に対し、中学校と養護学校等のいずれを選択するかの選択権を付与したものと解することはできない。

(2) 特殊学級の場合について

次に、特殊学級に関する現行教育関係法令上の規定をみるに、学教法七五条は、「小学校、中学校及び高等学校には、次の各号の一に該当する児童及び生徒のために、特殊学級を置くことができる。」と定め、具体的には、精神薄弱者、肢体不自由者、身体虚弱者、弱視者、難聴者、その他心身に故障のある者で特殊学級において教育を行うことが適当なものを各号に列挙している。

ア 入級対象者

被告らは、特殊学級は、学教法施行令二二条の二で定める程度に達しない程度の心身障害者を対象とすると主張し、本件通達においても、右の程度の心身の故障を有する心身障害者は養護学校等において教育し、それよりも程度の軽い者を特殊学級において教育するか又は通常の学級で留意して教育することとしている。

また、前記のとおり、学教法施行令は、同施行令二二条の二で定める程度の心身の故障を有する心身障害者は、養護学校等に就学させるべきことを前提として就学手続を規定している。

そこで、学教法自体の解釈として、この点につき、いかに解すべきか検討するに、同法七一条は、養護学校等の対象者として、「盲者(強度の弱視者を含む。)、聾者(強度の難聴者を含む。)」などと定めているのに対し、同法七五条は、「弱視者」、「難聴者」などと定めており、規定の文言上、明らかに対象者の障害の程度を区別していることや、同法七一条、七一条の二では、養護学校等において教育する心身障害者の心身の故障の程度は政令で定めるとされているのに対し、同法七五条では、特殊学級の対象者の心身の故障の程度は特に規定されていないことなどから、学教法それ自体としても、心身の故障の程度に関し、養護学校等の対象者よりは、特殊学級の対象者の方が、より軽度なものを予定していると解すべきである。もっとも、精神薄弱者、身体虚弱者及び肢体不自由者については、これらの規定の体裁上、異なる表現は用いられていないが、視覚障害及び聴覚障害を有する者について前記のような規定の仕方がなされている以上、これらの者についても同様に、その程度に差があると解すべきである。

イ 特殊学級に対する入級処分の決定権限及び子ども及び親の選択権の有無

学教法が委任する同法施行令上、同施行令二二条の二で定める程度の心身の故障を有する心身障害者あるいはその保護者に対し、中学校と養護学校等のいずれを選択するかの選択権を付与したものと解することができないことは、前記(1)ウにおいて説示したとおりであるところ、仮に、学教法上、同法施行令二二条の二で定める程度の心身の故障を有する心身障害者に対して、養護学校等のみならず、中学校においても教育を施すことが許容されていると解する余地があるとしても、このことからは、いずれの学校において教育を受けるかを決定する権利を子どもないし親が有することにはならず、右権利の存在を肯定する根拠となる規定は、学教法及び関係法令の規定をみても、全く存在しないといわざるを得ない。

そこで、更に進んで特殊学級への入級処分に関する権限について検討する。この点について、学教法及び関係法令の規定をみると、普通学級か特殊学級かを問わず、入級処分の権限を直接明示的に規定した条項は見当たらないが、学教法二八条三項は、「校務をつかさどり、所属職員を監督する」ことを小学校の校長の権限として定め、同法四〇条が、これを中学校に準用しているのに対し、入級に関して、親や子どもが、普通学級と特殊学級とのいずれに入級するかを選択する権利を有することをうかがわせる規定がないことは、前記の養護学校等への就学の場合と同様であり、その他、子どもや親の何らかの決定権限の存在をうかがわせるような規定は全く存在しない。

ところで、市町村の教育委員会の就学校指定により当該学校に入学することが決定した生徒を、その学級に入級させるかの決定は、校務に関する事項と解されるから、かかる決定は、学教法二八条三項を根拠として、校長の権限に属するものと解するのが相当である。この解釈の妥当性は、心身の故障を全く有しない児童生徒を、当該学校の一定の学年の複数の普通学級のうち、いずれの学級に入級させるかを決定する場合を想定すれば、明らかであり、心身障害を有する生徒を、普通学級と特殊学級とのいずれに入級させるかの決定も、特殊学級が中学校に設置された学級の一つであることを考えれば、何ら右の場合と変わるものではない。もっとも、心身障害を持たない生徒を複数の普通学級のうちのいずれに入級させるかの決定と、心身障害を有する生徒を普通学級と特殊学級のいずれに入級させるかの決定は、一般的には、その判断の困難性において相当の差異があることは否定し得ないが、前者の決定においても、当該生徒の心身障害以外の要因のため、後者と同等ないしはそれ以上の困難性を伴う可能性も十分あり得るのであって、判断の困難性自体は、決定事項の性質に変更をきたすものではないというべきである。

(3) 以上のとおりであって、学教法上、普通学級と特殊学級のいずれに入級するかを選択する権利を子どもとその親が有するとの原告の主張はこれを採用することができず、また、校長の校務をつかさどる権限行使の一環としての入級処分に関する権限は、子ども及び親が有する右選択権の範囲で制限される旨の主張も、右選択権の存在を認め得ない以上その前提を欠き、失当といわざるを得ない。

(4) 校長に特殊学級への入級処分権限を与えた学教法と憲法二六条との関係

ア 国家は、憲法二六条が保障する国民の教育を受ける権利を保障するため、国民に対して同条の保障する教育を受けられるよう施設その他の条件を整えるべき責務を負うと解すべきところ、かかる責務をいかに遂行すべきかについては立法の判断するところに依拠せざるを得ず、また、公教育としての中学校において、子どもに対し、いかなる内容の教育を施すかについての決定についても、親や教師の権利ないし自由の及ぶ領域以外の事項について、国の立法判断に委ねられていると解すべきであること、及び、このことが心身障害を有する子どもに対する学習権の保障を具体的な制度及び施設の下で実現する上でも同様であることは、前記(一)で説示したとおりである。

しかしながら、国家が右立法裁量を行使して、教育に関する条件整備を行い、あるいは、教育内容を決定するに際し、当該立法が、憲法二六条が子どもに教育を受ける権利を保障した趣旨に反し、著しく合理性を欠くと認められる場合には、同条を根拠として、国民がかかる制度における教育又はかかる内容の教育を受けることをその意思に反して強制されないという意味において、又は、同条の趣旨に即した制度及び内容の教育を施すことを要求するという意味において、司法権による審査を受ける余地が生ずるものというべきである。

すなわち、憲法二六条一項が保障する「能力に応じて、ひとしく」教育を受ける権利、すなわち教育の機会均等の原理は、国家が立法裁量を行使する際に遵守すべき憲法上の要求と解すべきである。

もっとも、同項でいう「その能力に応じて、ひとしく」教育を受ける権利とは、教育を受けるに必要な能力に応じて、すなわち、教育を受けるべき個々の子どもの心身の発達段階に応じて適切な教育を受ける権利を意味すると解すべきところ、心身障害を有する子どもに対し、いかなる制度においていかなる内容の教育を施すことが、最もよく「能力に応じて、ひとしく」教育を受ける権利を保障する所以であるかは、憲法上、一義的にこれを決することはできない。

しかしながら、憲法二六条が要求する右原理の趣旨に反し、著しく合理性を欠くと認められる立法がなされた場合には、立法裁量の逸脱又は濫用として、同条違反の問題が生じ得るのである。

イ ところで、学教法は、前記(1)ないし(3)で説示したとおり、その二八条三項によって校長に特殊学級への入級権限を認める一方、その権限行使につき、子どもや親に関与を認めていないと解されるから、このような制度を定めた学教法が、前記アの説示に照らして、憲法二六条の趣旨に反し、著しく合理性を欠くものか否かについて判断を要するところ、以下に述べるとおり、右立法には一定の合理性が認められ、立法裁量の逸脱又は濫用は何らこれを認めることはできず、憲法二六条には何ら反するものではないというべきである。

すなわち、心身障害を有する子どもにどのような教育を施すかは、前述のとおり、学校教育という実践の場において、個々の子どもの心身の発達段階に応じて最も適切と解されるところにしたがって決定されるべきところ、右決定に当たっては、科学的、教育的、心理学的、医学的見地等種々の観点から諸般の事情を考慮して総合的に判断されるべきであり、教育の専門家たる校長が、教育的見地から、科学的、医学的等の見地からの判断をも斟酌の上で決定する限り、制度として合理性があるというべきである。

心身障害を有する子どもにとって必要な教育とは何かについては、原告らが主張するような、機能訓練等は全く必要なく、地域の他の子どもたちとともに同一の環境で学習することであると考える立場が成り立ち得るのと同様、機能訓練等、心身の障害に応じた教育をすることも、その自立を考える上で必要不可欠であると考える立場も成り立つのであって、校長がこれら諸般の事情を考慮して、合理的に裁量権を行使する限り、何ら憲法違反は生じない。

これに対し、子どもやその親の意向は、必ずしも校長の判断に勝るとはいえないのであって、何が心身障害を有する子どもにとっての利益かは、必ずしも、子どもや親が主観的に利益だと考えることに拘束されると解すべき根拠はない。

もちろん、教育が、人格と人格との触れあいによって、子どもを成長させていくことを本質的内容とするものであることを考慮すれば、校長が生徒を特殊学級に入級させるとの処分をするに際しては、子どもや親の意向を十分に考慮し、これを尊重した上でなされることが望ましいことであるとしても、子どもや両親の意向に反して特殊学級への入級処分がされたからといって、その一事をもって、直ちに、特殊学級への入級処分の権限を校長に与えるという制度を定めた学教法の規定が、国民の教育を受ける権利を保障した憲法二六条に違反するということはできない。

ウ したがって、子どもを普通学級と特殊学級とのいずれに入級させるかの決定権限を校長に付与している学教法の規定は、何ら憲法二六条に違反しないというべきである。

(四)  国際法的見地を理由とする選択権について

原告が根拠として挙げる条約等のうち、児童の権利に関する条約(いわゆる子どもの権利条約)については、いまだ国によって批准手続が完了していないから(公知の事実)、これを権利根拠とする主張は、裁判規範としての前提を欠き、この点においてすでに失当といわざるを得ない。

また、原告が主張するその余の条約及びそれ以外の一切の関連する条約によっても、なお、普通学級と特殊学級のいずれに入級するかを決定する権利を子ども及び親が有するとまで解することはできず、この点に関する原告の主張もまた採用することができない。

(五)  以上に説示のとおりであって、子どもと親に原告主張の如き選択権があることを前提に、被告校長が平成五年に行った本件入級処分のみならず、平成三年及び平成四年に行った特殊学級への入級処分並びに被告市教委による本件各特殊学級の設置には右選択権を侵害した違法がある旨の原告の主張は、その前提を欠き、失当である。

2  本件各入級処分等が憲法一四条一項に違反するとの主張について

原告のこの点の主張は、必ずしもその趣旨が明らかではないが、学教法七五条に基づいて設置された特殊学級は、心身障害を有する子どもに対し、心身障害を有することのみをもって、限られた範囲での偏った人間関係を強いるものであるが故に、被告校長の本件各処分及び被告市教委による本件各特殊学級の設置は憲法一四条一項に違反する旨の主張と善解し得るので、以下判断する。

(一)  憲法一四条一項は、国民に対し法の下の平等を保障した規定であって、同項後段列挙の事項は例示的なものであるが、この平等の要請は、事柄の性質に即応した合理的な根拠に基づくものでない限り、差別的な取扱いをするものとして、これを禁止する趣旨と解すべきである(最高裁昭四八年四月四日判決・刑集二七巻三号二六五頁参照)。

(二)  そこで、右憲法一四条の趣旨に照らして、学教法七五条に基づいて設置された特殊学級における教育と普通学級におけるそれとの間の差異に合理性が認められるか否かについて検討する。

(1) 原告は、特殊学級に入級した子どもは、特殊限定的な人間関係を強いられ、また、不当な疎外感を抱かせられると主張する。

なるほど、標準法三条は、中学校の特殊学級の生徒児童の標準は一〇人と定め(学教法施行規則七三条の一七では一五人以下)、同条及び同法四条により、右標準により都道府県の教育委員会が生徒数の基準を定め、右基準により市町村の教育委員会が学級編制を定めることとされていること、また、学教法施行規則七三条の一八は、特殊学級は、学教法七五条の定める区分にしたがって置くことと定めていることからすると、学級の所属員間の人間関係という面では、限定的な関係が生ずる可能性が高いことは否めない。現実に、証拠上、原告は、中学校一年生から三年生にいたるまで、一人の学級に所属していたものと認められる。

(2) しかしながら、所属学級の人数が少ないことから生ずる弊害は、普通学級と特殊学級との交流をどのように認めるか、教師等において、普通学級に所属する子どもらに対し、特殊学級に所属する子どもらにどのような態度で接するよう指導するか、逆に、特殊学級に所属する子どもらに対し、普通学級に所属する子どもらにどのような態度で接するよう指導するかにより、いずれもほとんどは解消可能なものと考えられること、更に、現在では、特殊学級に所属する子どもらも、大半の教科について普通学級との交流による学習が可能となるように配慮されており(公知の事実)、特殊学級に所属するか普通学級に所属するかの問題と、これによって生ずる差異は、教育行政面の運用により、かなり相対化されていること、特殊学級は、小学校、中学校又は高等学校に設置されるものであるから(学教法七五条)、中学校に設置された特殊学級の教育目標は、当然中学校のそれと同一である上、学教法施行規則上、特に必要がある場合に、中学校の教育課程、授業時数、教育課程の基準と異なった特別の教育課程によることができるとされているのみであって(七三条の一九)、普通学級と同一の教育課程によることが原則であること、しかも、平成五年以降は、小・中学校の普通学級に在籍している軽度の心身障害児に対しては、むしろ、心身の障害に応じた特別の指導(通級による指導)を行う場合には、特別の教育課程によることができるとされるに至り(平成五年一月二八日付学教法施行規則の一部改正による七三条の二一)、教育課程の同一性がいっそう認められていること、特に必要がある場合に別の教育課程がとられることによる不都合や、仮に、特殊学級に入級することで、運用面では払拭しがたい不都合が生じるとしても、前者については、別の教育課程として、心身障害を有することに対し必要な教育措置がとられる以上、合理性を欠くものとはいえないし、後者についても、所属人員が少ないことにより、かえって個々の生徒に対し適切な教育的措置をとりうると解される一方、普通学級において他の心身障害を持たない子どもと全く同一の授業を受けることに、困難が全くないとはいえないことに照らすと、これらの取扱いの違いには、なお、合理的な理由があるものというべきである。

(三)  してみると、被告校長が平成五年に行った本件入級処分のみならず、平成三年及び平成四年に行った特殊学級への入級処分並びに被告市教委による本件各特殊学級の設置が憲法一四条一項に違反する旨の原告の主張もまた採用することができない。

3  被告市教委による合意違反、信義則違反と被告校長の本件各処分がその違法性を承継しているとの主張について

(一)  被告市教委による平成三年の特殊学級の設置について

(1) 前記一で認定した各事実によれば、被告市教委は、平成三年一月末日ころ、原告がそこに所属することを念頭に置いた上で、留萌中に特殊学級を設置することを内部的に決定したこと、同年三月一日、被告市教委は、道教委に対し、留萌中への特殊学級設置の認可申請をしたこと、同月一五日、道教委が右申請を認可したこと、他方、被告市教委の小倉課長及び津田係長が同年二月二一日に、大川次長が同年三月六日、同月二二日、同月二八日に、それぞれ、原告の両親に対し、原告の両親の同意がない限り、被告市教委が道教委に対し留萌中への特殊学級設置の申請はしない旨の発言をしたことが認められる。

(2) 以上の各事実を前提に、原告の主張を検討する。

まず、平成三年二月二一日における小倉課長及び津田係長の右発言は、被告市教委の内部的に決定された意思とは全く異なるのであり、右発言時において、右発言にかかる意思が、被告市教委において内部的に形成されていたとの事実はこれを認めることができない。

次に、原告は、小倉課長及び津田係長の右発言をもって、原告と被告市教委との間に、被告市教委が、原告の両親の同意なしに留萌中への特殊学級設置の認可申請を行わない旨の合意が成立した旨を主張するが、小倉課長及び津田係長が、当時原告主張の如き内容の合意を締結する権限を有していたことについて何らの主張立証もない本件においては、右発言から直ちに原告と被告市教委との間で何らかの合意が成立したものとは到底認められないし、また、右発言によって、被告市教委が、留萌中への特殊学級設置の認可申請を行うに当たり、原告に対する関係で、何らかの法的拘束力を受けると解することもできないから、被告市教委が行った留萌中への特殊学級設置の認可申請に信義則違反を適用する余地もない。

また、大川次長が、平成三年三月六日以降、前記発言をしたことは認められるものの、本件において、大川次長が、前記原告主張の如き合意を締結する権限を有していたことについての主張立証がないばかりでなく、前記認定のとおり、被告市教委は、それ以前の同月一日、既に道教委に対して、留萌中への特殊学級設置の認可申請を完了したのであるから、その後、大川次長がかかる発言をしたとの一事をもって、直ちに、右申請及びその後の道教委による認可が、原告の両親との間の何らかの合意に違反し、あるいは、信義則に違反すると解し得る余地はない。前記一で認定した大川次長の同年四月以降の発言をあわせて判断しても同様である。

したがって、原告のこの点の主張も理由がない。

(二)  被告校長による平成三年の入級処分について

前記(一)に認定説示のとおり、被告市教委による平成三年度の留萌中への特殊学級設置については、何らかの合意違反の事実又は信義則違反に該当する事実があったとは認められず、違法性を有しないのであるから、違法性を承継するとの原告の主張は、その前提を欠き、理由がない。

(三)  被告市教委による平成四年及び平成五年の特殊学級の設置について

平成二年一二月ないし平成三年四月までの間に、原告の両親らと被告市教委との間で留萌中への特殊学級設置に関する協議が継続的になされたことは前記一で認定したとおりであるところ、かかる協議が平成三年の特殊学級設置を対象としてされていたことは、証拠上明らかであるから、その当時の協議の経緯の如何は、平成四年及び平成五年になされた留萌中への特殊学級の設置には何らの影響も及ぼさないというべきである。その他、右各設置行為につき、原告と被告市教委との間の何らかの合意違反、または、原告に対する関係で信義則違反に該当すべきことをうかがわせる事情は全く認められず、これらの措置が違法である旨の原告の主張は理由がない。

(四)  被告校長による平成四年及び五年の入級処分について

平成四年および平成五年の被告市教委による留萌中への特殊学級の設置に何らの違法性もないことは前記(二)、(三)に認定説示したとおりであるから、その違法性を承継する旨の原告の主張はその前提を欠き、失当である。

4  本件各処分が機能回復の見込みのない原告を特殊学級に入級させた違法があるとの主張について

学教法その他関連法令によっても、現行制度上、特殊学級に子どもを入級させる当たり、その機能回復の可能性が要件になっていると解することはできないから、この点に関する原告の主張は失当である。

5  被告校長による平成三年ないし平成五年の各入級処分の適法性

被告校長が、原告に対し、平成三年ないし平成五年に、留萌中の特殊学級への入級処分をした経緯は、前記一に認定したとおりであるところ、右認定事実によれば、平成三年四月九日、被告校長が原告に対してした特殊学級への入級処分は、留萌地方就学指導委員会の判断を踏まえてなされたことが明らかであり、これらの事実に弁論の全趣旨を総合すれば、被告校長が本件各入級処分をするに当たっては、教育的、科学的、心理学的、医学的見地から、諸般の事情を総合考慮してその裁量的判断によりされたものと推認することができ、他面、被告校長が右裁量権を行使する際、その裁量権の逸脱又は濫用があったことをうかがわせる事情は、何ら主張立証されていないから、被告校長がした本件各入級処分はいずれも適法といわざるを得ない。このことは、平成二年一二月一一日に開催された右委員会の際に医師が出席していなかったとしても、何らかわるところはない。

6  よって、被告校長による本件各入級処分が違法である旨の原告の主張は全て理由がなく、被告校長が平成五年四月七日原告に対してした特殊学級への本件入級処分の取消しを求める原告の請求は、棄却を免れない。

四被告市に対する国家賠償請求について

1  原告の本件国家賠償請求のうち、被告市教委による留萌中への特殊学級の設置の違法を理由とする請求、及び、被告校長による原告に対する特殊学級への入級処分の違法を理由とする請求は、以上のとおり、右被告らの各行為及び各処分には、いずれも違法性がないことが明らかであるから、理由がないというべきである。

2  被告市教委の職員の発言の違法性を理由とする請求について検討する。

(一) まず、被告市教委は、平成三年一月末日ころ、留萌中に特殊学級を設置することを内部的に意思決定した上、同年三月一日、道教委に対し、留萌中への特殊学級設置の認可申請をし、同月一五日、道教委がこれを認可したこと、これに対し、被告市教委の小倉課長及び津田係長が、同年二月二一日に、同じく大川次長が、同年三月六日、二二日及び二八日に、それぞれ、原告の両親の同意なしには、留萌中への特殊学級設置の認可申請はしない旨発言したこと、更に、大川次長においては、同年四月九日及び一二日にも、被告市教委が未だ留萌中への特殊学級設置の認可申請をしていない旨、あるいは、未だ手続的には道教委による認可を受けていない段階にある旨の事実と異なる内容の発言を、原告の両親及び原告の支援者に対してしたことは、前記一、6、8ないし11、13で認定したとおりであり、また、被告市教委の職員らの、右発言が、国家賠償法一条所定の公権力の行使に該当すること、及び、被告市が、被告市教委の職員が故意過失により違法に国民に対して損害を与えた場合に責任を負う立場にあることは、当事者間に争いがない。

(二)  そこで、被告市教委の職員らの発言が違法性及び何らかの故意過失を有するか否かにつき検討する。

(1) 学教法その他の関係法令等上は、心身障害を有する子どもの両親又は関係者が、その子どもの学校での所属学級に関して何らかの意向を持ち、教育委員会との交渉を希望する場合に、教育委員会として、その協議に応ずるべき義務があることをうかがわせるような規定は存しない。したがって、本件において、仮に、被告市教委が、原告の両親の要望に対し、協議に応じることを一切拒否したとしても、そのことが直ちに違法性を帯びるわけではないのは、もとより当然のことである。

(2) しかしながら、他方、国民が行政庁に対し、自己の意思を行政の意思決定にできるだけ反映させることを企図して、行政庁に働きかけること自体は、もとより何ら違法性を有しないことはもちろんであるし、国民からの要望に対し、協議に応じるか否かは当該行政庁の任意とはいうものの、一旦協議に応じた以上は、誠実に対応すべきことが要求され、両者間の発言態度や言動に信義則の適用を認める余地がある。行政庁が国民との協議の場において、何らかの発言をするに当たり、一定の事項について、国民が行政庁の発言によせる信頼を不当に損なうような事実に反する言動に及んだ場合には、信義則上、ないしは、条理上の注意義務に違反し、当該言動が違法性を帯びる場合があると解するのが相当である。

(3) これを本件についてみるに、前記一で認定したとおり、原告の両親らは、自己及び原告自身の強い意向を受け、被告市教委に対し、原告が普通学級で学習することができるよう、再三にわたり、真摯にその希望を表明していたのに対し、被告市教委は、平成三年一月末日ころには、留萌中への特殊学級の設置を内部的に決定していたことが認められる。他方、前記三、2、(二)で説示したとおり、子どもが特殊学級に所属することによって生じ得る不都合が皆無とまではいえず、また、本件通達においても、児童生徒を普通学級と特殊学級のいずれに入級させるかに当たっては慎重な配慮が求められていることに照らすと、原告の右希望が、法的保護を受けるに値しない一方的かつ主観的な期待にすぎないものと断ずるのも相当ではないことは明らかである。

このような事情からすれば、被告市教委の職員らによってされた、原告の両親の同意なしには留萌中への特殊学級設置の認可申請をしない旨の前記発言は、これが原告に伝達された場合には、原告が強く希望する普通学級への入級という事実に関して、現実には既に留萌中に特殊学級が設置されることが決定されているにもかかわらず、原告の両親が同意さえしなければ、留萌中に特殊学級が設置されず、その結果として、被告校長による特殊学級への入級処分もないことになるから原告の普通学級への入級が実現可能であるとの強い期待を原告に抱かしめるものであり、また、平成三年四月九日及び同月一二日における大川次長の前記発言も同様、原告の真摯な希望に関して、これがなお実現可能であるかのような期待を抱かしめるものであって、これらにより、原告がかかる期待を強く抱くに至り、被告市教委による留萌中への特殊学級の設置と、これに引き続く被告校長による原告に対する特殊学級への入級処分がなされるならば、結局、その期待を裏切られるという過酷な結果を招来することは見やすい道理である。してみると、原告の両親らとの協議に当たる被告市教委の職員としては、原告の真摯な希望に関して、これがあたかも未だ実現可能であるかのような期待をいたずらに抱かしめるような前記各発言を行うことは、かかる発言内容が、原告の両親らを介して、原告に伝達され、原告にとって過酷な結果を招来することが容易に予見し得るところであるから、原告に対してこのような発言を慎むべき信義則上ないし条理上の注意義務を負うものと解するのが相当であり、被告市教委職員による前記各発言は、右注意義務に反したものであって、違法といわざるを得ない。

もちろん、被告市教委の職員らの右各発言が、原告の特殊学級への入級を円満に実現する目的で行われたことは容易に推察し得るし、被告が主張するように、原告の両親又はその支援者らの交渉の際の言動に全く問題がなかったとまではいえない可能性はあるが、仮にこれらの事実が認められるとしても、なおその発言内容の重大性や、証拠上、当時の状況下では、原告の特殊学級入級について、原告の両親らの理解を得ることは相当困難であったと認められることに照らし、違法性を阻却するには足りないというべきである。

(三)  原告の損害

(1) 原告は、両親から被告市教委の職員らによる前記各発言を伝達され、その結果、留萌中の普通学級に入級したいとの自己の真摯な希望が間違いなく実現するとの期待を抱き、留萌中の入学式に臨んだところ、前記一、10で認定した特殊学級設置とこれへの入級処分の事実を知るに及び、右期待が裏切られたことを思い知らされて、強い衝撃を受け、これにより多大の精神的苦痛を被ったことが認められる(〈書証番号略〉、原告、弁論の全趣旨)。

(2) 原告の右精神的苦痛に対する慰謝料は、前記(二)で認定した被告市教委の職員らの違法行為の態様や目的、原告の期待の性質等本件に現れた一切の諸事情を総合し、金二〇万円をもって相当とする。

五結論

よって、原告の本訴請求のうち、被告市教委に対する訴えは不適法であるからこれを却下し、被告校長に対する請求は理由がないからこれを棄却し、被告市に対する請求は、慰謝料金二〇万円及びこれに対する不法行為の後であり、かつ、本件訴状送達日の翌日であることが記録上明らかな平成三年七月一六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから、右の限度でこれを認容し、その余の請求は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担については民事訴訟法八九条、九二条を適用し、仮執行の宣言については相当でないからこれを付さないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官三浦潤 裁判官木納敏和 裁判官長野勝也)

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